甘い痛み





 先輩がしつこい。なぜか事あるごとに俺の家に、というかヒロさんのいる俺の家に来たがる。いい酒が手に入ったから、お前の家で飲ませろ、だの、以前手術した患者から野菜が送られてきて、ほとんど自炊しない俺は処理に困ってるからどうにかしろ、だの。更に「上條さんも一緒にな」という言葉がもれなく付いてくる。そして俺はその度に断ってきた。
 別に俺の家の必要は無いでしょうと言えば、俺ん家は狭いんだ、とか職場に持って来て皆に配ればいいでしょうと言えば、皆に配る程の量を持って仕事に来るのは嫌だ、とか言う。どうしてなんだ、まさかヒロさんに会いたいなんて言うつもりなんだろうか。


 「別にいいじゃねぇか。連れて来いよ。」
ヒロさんは事も無げにそう返してきた。事の顛末をふとヒロさんに漏らしたのが間違いだった。
「それに…この間のアレ………幾らなんでも謝らなきゃいけないだろう…。」
目線を逸らしてまるで怒ってるかのように不機嫌な顔でそういうヒロさん。でも、ちょっと顔が赤い。ああ、気にしてるんですね、この間の事。
 そう、10日程前の全治一日のかすり傷。「俺の野分」宣言をし、盛大に津森先輩の脳天にボストンバッグを振り下ろした事件だ。今思い出しても、俺にとっては嬉しい事件なんだけれど。
 「分かりました。ヒロさんがそう言うなら、お酒でも野菜でもあるもの全て持参してなら、しょうがなく迎えてあげます、って伝えておきます。」
「……お前もたいがい嫌味なヤツだな。」
「当然じゃないですか。俺とヒロさんの愛の巣にわざわざ邪魔しに…。」
「だぁーっ!!!!!!てめっ!何こっぱずかしい事ほざいてやがるっ!!!」
いつものように手近にあったクッションを投げつけてくるのを難なく受け止めて、そのクッションごとヒロさんを抱き締めた。
「ヒロさんはかわいいです。」
「脳ミソくさってんのかっ!!お前はっ!!」

 津森先輩に渋々ながらという気配を丸出しでその旨を伝えると、まるで気にしていないのか、嬉々として「じゃあ明日!決めたぞ!!俺もお前も早番だろ?丁度いいじゃねえか。」と宣った…。



 「お邪魔しま〜す。あ、どうも上條さん、お久し振りです。」
「ただいまです、ヒロさん。」
「…どうぞ。」
いつもにも増して仏頂面のヒロさん。そんな顔をするのならいいと言わなければいいのに、とも思うけれど、義理堅いヒロさんはそれじゃ済ませられないんだろう。

 かくして先輩の持参した地酒と貰ったという産地直送トマト、それとヒロさんが作っておいてくれた酒の肴で三人だけの酒盛りが始まった。
 ヒロさんの飲むペースが早い。先輩も手土産に持ってきたはずのお酒をかなりのピッチで飲み干していく。
「先輩、あまり飲むと明日に響きますよ。」
「うるせー。野分の分際で俺さまに指図する気か。」
「そうだ、野分の分際で生意気なんだよぉ。」
「…ヒロさん、酔ってますね。」
酔っ払っていなかったら、先輩の肩を担ぐような発言は絶対にしない、と思う…。
「おっ、上條さん、さすが話が分かりますねぇ。」
ニヤニヤしながら俺の方をちらっと伺うように先輩の視線が動いた。先輩の方は、まださほど酔っていないらしい。俺とヒロさんをからかっているんだ。
「ヒロさんもあんまり飲むと二日酔いになりますよ。」
「いいんだよ、俺は。明日休みだもん。」
何ですか、「だもん」って。そんな可愛い姿を先輩に見られてるかと思うだけでイライラしてくる。普段の反動なのか、酔うとヒロさんは饒舌になる。
「つまみが足りねーぞ、野分。」
「チーズ!チーズ持って来い、のわき!」
「はいはい、分かりました。」

 俺は二人の、いや正確にはヒロさんだけだけれど、酔っ払いの言葉に大人しく従う。キッチンから戻ってきたら、先輩がヒロさんの肩に手を回そうとしていたから、俺はさり気なく先輩の足を踏みつけてやった。
「いってぇっ!!なにすんだ、野分!」
「ああ、すみません、わざとです。」
「何だと?!」
「冗談ですよ、冗談。」
にっこりと笑顔で返す俺に先輩は押し黙る。
「てめーの笑顔は腹黒いんだよ。」
そのやり取りを見てヒロさんが楽しそうに笑っていたから、俺の溜飲もちょっとは下がった。


 「先輩、帰らなくていいんですか。」
「泊めてくれよぉ。もう電車間に合わねぇし。」
ってかもう俺眠いしぃ、とか言ってる先輩を横目に時計を見やると、終電の時間は目前。今からタクシーで駅まで飛ばした所で間に合わない時間だ。俺とした事がすっかり失念していた。ヒロさんがあんまり飲み過ぎやしないかとハラハラしながらそればかり気にしていたのがまずかった。しかも先輩もかなりの量のお酒を消費して、今度こそすっかり出来上がっている。呂律も何だかあやしい。ついでにヒロさんも既に眠そうに目を擦っている。
「………仕方が無いですね…じゃあ、俺のベッド、使って下さい。」
「おお、わりーな。お前の部屋ってあっちだっけ?」
そんな事を言いながらふらふらとリビングから出て行く後姿に、おやすみなさい、と形式的に声を掛ける。


 やっと二人きりになれたと思ったら、急に俺の膝に慣れた温もりを感じた。
「のわきぃ…。」
まるで甘えるようにして俺の膝にすがってきたヒロさんに笑みを深くする。お酒を飲むととたんに自分の感情に素直になるヒロさん。
「どうしたんですか?寂しかったんですか?」
「……ぅん…。」
小さな声が聞こえて、まるで猫が喉を鳴らして甘えるかのような仕草で膝に鼻先を摺り寄せてきた。
「俺たちもベッドに行きましょうか。ヒロさん、もう眠いんでしょう?」
顔を覗き込むようにして問いかけると、俺に向かって両手を広げてみせながらじっと見つめてくる。俺はにっこり笑ってヒロさんを抱き上げた。



 「…ふ…ぅ……んぁ…。」
ヒロさんをベッドへゆっくりと下ろし、そっと覆い被さりながらキスを落とす。アルコールは感度を良くするって言うけれど、どうやら本当だ。軽く啄むようなキスを幾つかしただけなのに、ヒロさんは鼻にかかった甘い吐息を漏らしている。シャツのボタンをはずし、アルコールのせいでいつもより熱い肌に指を這わせる。
「あ……んんぅ…。」
赤みを増した頬から首筋、胸、脇腹へとゆっくり手を這わせていき、そのまま下肢へ手を伸ばす。
「ここ…もうきついんじゃないですか。」
そう声を掛けながらベルトをはずし、ジッパーを下ろす。下着と一緒に引き下ろそうと手を掛けると、ヒロさんはまるで促すように自ら腰を浮かせた。
「…ヒロさん、やらしい……」
余裕あり気にそんな事を言ってみるけど、こんな姿を見せられて俺だって平静じゃいられない。手早く脱がせて、俺も自分のTシャツを脱ぎ捨てた。

 すでに反応していたヒロさんのものに指と舌で愛撫を施していく。
「はぁ……あ…ぁっ………。」
「あんまり声出すと、先輩に聞こえちゃいますよ。」
甘い喘ぎ声を漏らすヒロさんに意地悪くそう伝えると、びくんっと身体を震わせた。
「…ぅんっ……。」
声を抑えるように唇を噛み締めている姿が可愛いと思いながらも手を休める事はしない。声を我慢している事でいつもより感じているのか、先走りがどんどん溢れてくる。その蜜を指で絡めとりながら綻びかけている後ろにそっと触れた。
「やぁ…だめっ………。」
ヒロさんが非難するような響きを含んだ声を上げた。まさかここまできてお預けなんて事に…。
「ヒロさん…ダメ、ですか……?」
恐る恐る尋ねてみる。
「ちがっ…。」
「じゃあ、どうしてですか?」
ヒロさんが俺の腕を掴んで引き寄せるから、俺はそれにならって覆い被さるようにして顔を覗き込む。
「どうして…駄目なんですか?」
もう一度問う。噛み締めていたせいでいつもより赤い唇が色っぽい。ヒロさんは潤んだ目で俺を見つめながら唇を震わせた。
「………声…おさえられない……から…。」
「から…?」
そう問い返すと首に腕を回され、更に顔が近づく。
「…こう…して………。」
唇が微かに触れ合う距離で秘め事を伝えるようにそう告げられた。誘われるままゆっくりと口づけを深くしていきながら、後ろにも指を進めていった。

 十分に解してから指を引き抜いて、自分の前も寛げた。
「噛み付いてもいいですから、もうちょっと我慢して下さいね…。」
そっと頭を撫でていた手のひらで頭を抱えあげて、自分の肩へと顔を埋めるように促す。俺の背中に回った腕が力を増した。
 首筋に熱い息を感じながら一気に捩じ込んだ。
「んっ…ぁ……っっ……。」
必死に俺にしがみついて声を殺しているヒロさんに愛しさが募る。熱い身体を抱き締めて、息が整うまで待とうとすると、
「のわ…き……っ…いい…から………。」
掠れた声で耳元に囁かれた。ヒロさんの内が俺を締め付ける。そんな風に煽られたら我慢なんて出来るはずがない。
「…ぁ…く……っ………んんっ……。」
抑えられた声とベッドの軋む音が部屋を満たす。その淫靡な空気に浮かされるように律動を早くしていく。
「はっ…ヒロさんのナカ……すごい、熱い…。」
「……ふぅっ…のわき……もぅっっ……んぅっ………。」
息を詰めて俺の肩に噛み付いてヒロさんは絶頂を迎えた。
「つっ……ヒロさ……くっ……。」
噛み付かれた痛みさえ痺れるような快感を生んで、俺もヒロさんのナカで果てた。




 「おはようございます。」
リビングへ顔を出した先輩に声を掛ける。
「ふぁ…おう、はよ。朝っぱらからお前は爽やかだな。」
大きなあくびを一つして、先輩は周りを伺うように視線をさ迷わせる。
「あれ、上條さんは?」
「ヒロさんならまだ寝てます。最近、忙しかったから疲れてるんです。だからうるさくしないで下さいね。」
椅子に腰掛けた先輩の前にどうぞ、と目玉焼きとトーストを置く。自分の分も用意をして先輩の向かい側に腰を下ろす。
「こうやって飯が出てくるってのはいいな。また泊まらせてくれよ。それに、マンネリ防止にもなるんじゃねえの?」
そんな事を言いながら先輩はニヤニヤと笑みを浮かべている。先輩はしっかりヒロさんが起きてこない理由が分かっているようだ。
「余計なお世話です。でもごくたまーになら…いいですよ、泊まって下さっても。」
にっこりと笑顔を浮かべてそう答えてやる。俺の頭の中では昨日のかわいいヒロさんの媚態が再生されている所だ。
「…………お前、やっぱり腹黒いな。」
先輩の笑みが引きつったものに変わった。
「上條さんも苦労してんだな…。」
「何のことでしょう?」
「はいはい、お前にはかなわねぇよ。ったく…。」
やれやれというように肩を竦める先輩を尻目にパンをかじる。


 ねえ、ヒロさん。たまには…いいですよね?







被害者つもりんの話でした。私の勝手なランキングですが、純ロマ全キャラの中で一番エッチが上手いのはヒロさんだと思ってます、はい。 ちなみに次点はウサギさんです。
(back ground:『音信不通』様)


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