Secret kiss





 「じゃあさ、テスト明けの日曜とかどうかな。」
中間テスト1週間前。騒がしい昼休みの教室で一緒に弁当を食べながら話を振る。律をデートに誘う絶好の機会を逃してはならない。テスト明けなら部活も休みだし、気分的にも心置きなくデートを楽しめる。
「うん、大丈夫。どこ行こうか?」
おにぎりを片手に頷いた律。
「最近出来たモールとか、どう?ちょっと遠いけど。」
「ああ、いいね!夏服買いたい!」
「じゃあ、そうしようぜ。」
無事にデートプランも通って、俺はほっとする。俄然、テスト勉強にもやる気が出るってもんだ。楽しみだと笑う律はほんとに可愛い、とか思ってしまう。これでデレデレしない方がおかしいっての。
 律の笑顔を見ながらそんな妄想を繰り広げていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「次、物理だっけ?やだな〜。」
律はひとつ伸びをして、机の上を片付け出す。俺もゴミを片付けてから、自分の席へと戻った。

 テスト週間に突入しても、いつものように気持ちは沈まない。この苦しみを乗り越えれば、楽しいデートが待っているのだ。しかもテスト期間中はほとんど律と一緒に勉強をしていた。その日のテストが終わると二人で図書室に行き、勉強をしてから帰宅する、というのが日課だった。律は俺よりも全体的に成績がいい。ただ、理科系の科目は苦手らしく、その辺りの科目は俺が教えて、壊滅的に成績の悪い英語を律に教えてもらって。お互いに得意分野で補い合って、いつもよりテストの出来も良かった感触を覚えて、無事に終了した。


 『明日さ、雨かもしんないな。』
デート前日、天気予報を見て俺は律に電話をした。
『う〜ん、そうみたいだね。俺もさっきニュース見た。』
『……どうする?延期、する?』
雨の日に出掛けるのを何となく億劫に感じる事があるかと思い、一応訊いてみた。俺としては雨でも律となら出掛けたいんだけど。
『え?なんで?いいじゃん、雨降ってても。それとも秀ちゃん、いやなの?』
心底意外だというような響きで問い返された。
『いやいや、そんな事ないから!律がいいんなら、俺は勿論OKだし!』
慌てて否定する。
『雨の日のデートなんて、ちょっといいじゃん。』
そんな可愛い事を言う律。
『じゃあ明日、予定通りに9時に駅、な?』
『うん、明日ね。おやすみー。』
ニヤけたまんまで電話は終わった。



 雨は朝方から降り出したようで、起きた時にはもう地面も濡れそぼっていた。それ程強い雨でもなく、風もないのは幸いだ。とりあえず、昨日から用意していたとっておきの洋服に身を包み、俺は意気込んで駅へと向かった。洋服が濡れるのを極力避けるために、大振りの傘を選んで。
駅に着けば、律の姿がもうあった。遠くからでも分かるのは、やっぱり愛のなせる技だよな。律は白いニット素材のカーデにネイビーのスリムジーンズ、それにこげ茶のドクターマーチンっぽいハーフブーツだ。少し大きめのカーデがより一層、律の華奢な体を引き立たせている。律はビニ傘だ。あれじゃ小さいんじゃないか、と思いながら、小走りに近寄った。
「ごめん、待ったか?」
「ううん、俺も今来たとこ。ほら、いこいこ。」
律はいつも通りの笑顔で俺を迎えてくれた。


 電車に揺られること1時間程。雨のせいか、日曜日なのにそれ程電車も混んでいなかった。その駅からモールまでは徒歩で10分位のはずだ。昨日ネットで調べて、地図もチェックしておいたから、迷うことなく無事にたどり着いた。
「結構大きいね、ここ。」
モールに着くと、きょろきょろと辺りを見回しながら、律が言った。入り口に案内所があったから、そこでマップをもらい、ひとまずお茶しながら行く所を決めようという事になった。  目に付いたコーヒーショップに入り、二人でマップを覗き込みながら、お気に入りのブランドがあるかどうか、チェックする。お決まりの注文で俺はブレンド、律はレモンティーだ。 「あ、俺ここ行きたい!ええっと、18だから、奥の方か〜。」
律が言ったのは、CA4LA(カシラ)だった。
「何?帽子買うの?」
「うん、いいのがあれば。秀ちゃん、一緒に選んでよ。」
「もちろん!」
律に似合いそうな帽子…。どんなのがいいかな、律なら何でも似合うと思うけど。俺は輪郭的に似合う帽子を見つけるのが難しいが、律は違う。体は細いが、少し丸顔気味の律はどんな形の帽子でも羨ましい程に意外としっくりとくるのだ。
 他にも幾つか目ぼしい所をチェックして、いざ買い物へと出向いた。こういう普通っぽいデートというのも、なかなかいい。特別な事をしなくても、二人で居られれば楽しいのだと、改めて感じる。色んな店をひやかしながら、フードコートでお昼を食べて、また店を見て回る。モールの中の道はほとんどの所が屋根つきで、雨が降っていても気にならなかった。

 日も暮れ始めて、そろそろ帰ろうかという事になった。俺は結局Tシャツ1枚に靴を一足、律は俺の見立てた帽子にストライプの長袖シャツを買った。これだけ長い時間居たのに、買ったのはそれだけだったけど、何だかすごい楽しかった。
「また来ようね。今度はセール狙ってさ。」
ご満悦な表情で言う律を見ているだけで、俺まで嬉しくなる。こんなに可愛い律を独り占め出来てる俺は幸せ者だと思う。
 「あれ?」
律が自分の荷物を確認して、首を傾げている。
「どうした?何か無くした?」
「う〜ん、傘どっかに置いてきちゃったかも。お昼位までは記憶にあるんだけど…。」
律は少し眉を寄せて困った顔をしている。どこに忘れたか、考えているようだった。
「行ったとこ、片っ端から当たるか?」
俺の提案に少し考えこむように目線を上へ向けたが、すぐに俺に向き直って
「いいや、ビニ傘だし。秀ちゃん、入れてって。」
上目遣いでお願いされて、断れる訳が無い。いいのか、とか言いながら相合傘が出来るなんて雨の日に出掛けるのもいい事あるじゃん、なんて心では思っていた。



 「律、濡れてない?」
なるべく律の方へ傘を傾けて、濡れないようにしてやる。この際、俺の一張羅なんてどうでもいい。男二人で入っていても、そこまで窮屈じゃないサイズの傘を持ってきたのは正解だった。それにしても、どうしたって肩を寄せ合うようになってしまう。
「うん、平気。ありがとね。」
荷物を前に抱えながら、俺に笑い掛ける律。普段より距離が近いせいで、俺はその笑顔にドキっとする。暗くなりかけているから、この位の距離じゃないと表情もはっきりとは分からないだろう。
 車の通りはそれなりにあるが、人通りは少ない。車道側を歩く俺の脇を車が走り抜ける。
「秀ちゃん、もっとこっち寄った方がいいよ。」
傘を持つ俺の腕に手を掛けて、律は自分の方へと引き寄せた。泥はねちゃうよ、と言いながら組んだ腕はそのままで。更に近くなった二人の距離。不謹慎にも傘を置き忘れた律に感謝してしまう。天下の公道にいるというのに、まるで二人っきりになったかのように錯覚する。この傘の中の、二人だけの密室。

 ふいに律が立ち止まった拍子に俺の体が揺れた。腕を組んでいたから少し引っ張られるような形になり、律の方へ差しかけていた傘が俺の方へと傾いた。どうしたのかと律の方へ顔を向けた。
 その途端、唇に温かい感触。一瞬だけ重なって、すぐに離れていった。鳩が豆鉄砲をくらったようにぽかんとしている俺を見て、律が笑う。
「秀ちゃん、変な顔。」
くすくす笑いながら俺の顔を見ている。驚いて立ち止まったままだった俺の腕を引っ張って律は歩き出した。あまりに突然の事で、思考が麻痺したまんま引きずられるようにして俺も歩き出す。
「大丈夫だって。傘で見えてないよ。」
俺の耳元に唇を寄せるようにして律が言った。その後、更に甘えたような声で続けられる。
「秀ちゃん、大好きだよ。」
鮮やかな笑顔と共に告げられた言葉。
 参った。
 降参です、俺。







王子様。シリーズの普段のデート、というテーマで書いてみました。今回は秀目線なので、律が普通に可愛いだけですが、実の所、律はきっと傘をわざと置いてきていたりするはずです。
だって小悪魔ですから。でも、それも愛ゆえなので、秀としてはデレデレにならざるを得ないでしょうね。
(back ground:『うさぎの青ガラス』様)


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