チョコレートより甘く 2




 「…………ま…透真…。風邪ひくぞ。」
身体を包んだ温もり。ふわりと学の匂いがした。薄っすらと目を開けると、日差しはすっかり傾いていて、薄暗い視界の中に陰影を濃く浮かべる学の顔が目の前にあった。夢だか現実だか判別出来ない。学が掛けてくれたらしいコートをぼんやりと目にしていたら、胸を抉った言葉が蘇ってきた。思わずコートの端をぎゅっと握ると、その手を包み込むように大きな手が重なる。
「どうした?怖い夢でも見たのか、ん?」
冷え切った手に温もりを伝えるようにしながら、もう片方の手は俺の頬に触れる。その温もりが、声が優しくて涙が出そうになる。
 空いていた方の頬に柔らかくキスを落とされた。冷たいな、と呟いて学は俺の上から身体を起こした。俺はソファに寝そべったまま、すっかり冷えていた身体を丸め、学のコートにくるまる。やっと目が覚めてきて、夢じゃないと確認する。この慣れた匂いと温もり。
「ほら。」
目の前を横切るように差し出されたマグカップ。カフェオレのいい匂いが鼻を掠めて、のそのそと身体を起こし、両手でそれを受け取った。
「…ありがと……。」
小さな声でお礼を言うと、学は俺の頭をくしゃくしゃと撫でて、横に腰を下ろした。
「電話出ないから、バイトだと思ってたよ。」
苦笑して俺の肩に手を回し、髪を撫でる。優しい指先。
「あ……ごめん、俺…。」
分かってるよ、と言いながら引き寄せられ、髪に鼻先を埋めるようにされて。
「どうせ迎えに行こうと思ってたから。そしたら……ここに居た。」

「…もっと前に連絡くれてたら、良かったじゃん……。」
憎まれ口を叩きながらも、引き寄せられて、肩にもたれるようになっているのはそのままで。今日は甘やかされるままでいいかも、って思ってしまう。眠っている時、寒さからだけじゃなくて、冷え切っていた身体と心が温もりを欲しているから。
「上がりがはっきりしてなかったからな。それに、少しだけでも時間取ってくれれば良かったし。」
そう言いながら、ソファの横へと手を伸ばし床から何かを取り上げた。


 「やるよ。」
一言だけ発して俺からマグカップを取り上げ、それを胸元へと押しやる。まさか…
「美味いらしいぞ、これ。食ってみろ。」
濃茶の上品なリボンが掛かったゴールドの小さな箱。どうやら嫌な予感は的中してしまったようで。
「あの、俺…何も………。」

 学は何も言わないで俺を見ているだけで。夢の中のやけにリアルな情景を思い出してしまって、俺は焦った。
「俺も考えてたんだっ!でも…ごめん、俺、お前がチョコ食ってんのなんか見たことなかったし、好きかどうかも分かんなかったし…だから他のものとかも考えて、でも思いつかなくて、俺っ………ごめんっ……。」
不安に駆られて、夢の中で出来なかった言い訳じみた言葉を捲くし立てるように言った途端、含み笑いが聞こえた。学の方を見やれば、口元を押さえて笑いを抑えるように肩を震わせている。
「ちょっ…てめぇ、なに笑ってんだよっ!」
腹が立って、思わず学の腕を掴んだら、そのまま抱きすくめられた。
「…っ……何すんだっっ…。」
「バカだな、お前。」
力強い腕と、つむじ辺りで響く温かい声。
「色々考えてくれたんだろ、俺の為に。それだけで嬉しい。バカで……堪んなく可愛い。」
俺の気持ちを知ってか知らずか、からかうような様子は全然無くて。
「俺はそんな深く考えてねえよ。バレンタインだし、チョコ食うかと思っただけ。お前嫌いじゃないだろ、甘いモン。ただ、そんだけ。」
ただそれだけ…。学は事も無げに言ったけど、それがどれだけ難しいか、俺は身に沁みていた。
「……でも…俺……。」
「まあいいから食えって。」
そう言って俺の手から箱を取り上げ、掛かっていたリボンをはずし、蓋を開ける。中には小振りのトリュフのような丸いチョコレートが5つ綺麗に並んでいる。目の前に差し出されて、おずおずと手を伸ばした。その一つを摘み上げて、口に運ぶ。すぐに溶け出して口の中に広がるのは、甘さだけでなく香ばしさを感じるほろ苦い味。ただ甘いだけのしつこい感じじゃない。その穏やかで優しい味に心も解れる。
「…………うまい。」
素直に口をついて出た言葉。学はそんな俺を横目で見ながら、そうか、と嬉しそうに笑っている。
 もう一つ…つい手が伸びて、口に放り込む。


 「じゃあ、俺ももらおうかな。」
そう言うから、手の平に乗った小さな箱を学へと差し出したのに、その腕を掴まれて……。
「んっ……ふ…………。」
キス、されてた。突然の事で俺は目を見開いたままでそのキスを受け止めていた。舌を絡め取るような濃厚な口付け。その間に溶け出していくチョコがさっき食べたものよりも甘く感じる。眩暈がしそうな程、甘いキス…。




「……ごちそうさま。」
チョコが完全に溶けてからそっと口付けから解放された。すっかり俺まで溶かされてしまっていて、ぼーっと学の顔を見ていたら、
「そんな顔してると、ここで食っちまうぞ。」
にやりと笑って、耳元で囁いてくる。我に返って、急にとんでもなく恥ずかしくなる。
「ば、ばかっ!!やめろっっ!」
もがいた所で敵う相手じゃない。学は俺を宥めるようでいながら、強引に抱き締めてくる。
「お前がチョコ代わりってことで。バレンタインだからな、今日は。」
ちょっと待て。お前からはチョコで、俺からは…。割り合わねえだろ、それ。
「ふざけんなっ、学!てめえっ!!!」
じたばたと暴れてもびくともしない。
「あとでゆっくり、な。………好きだよ、透真。」


 ちくしょう。いつものパターンじゃねえか。分かってる、分かってるけど、いつも真っ直ぐに俺に向けられる好きという言葉は堪らなく、嬉しいんだ。

 「……バカじゃねぇの…。」
「ああ、そうかもな。」
学は笑いながら俺の髪に甘いキスを落とした。






念願の季節絡みネタです。学の行動が男前過ぎて自分で笑えてきました。
ただ私の場合は「こうされたい」というよりも、「こうしたい」と思って書いている事が多いです。 可愛い恋人がいたら、きっと、いや絶対こんな事しちゃいますよ。
だから性格が男前だって言われるのかしら…。
  (back ground:『NEO HIMEISM』様)


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