change you, change me8




 うっすらと目を開けると、見慣れた天井が目に入った。身体の熱はまだくすぶっていたけど、胸元まできちんとタオルケットが掛けられている。視線だけ動かして壁の時計を見ると2時を少し過ぎた所だった。どうやら少しだけまどろんでしまったみたいだ。保坂さんの姿を探してぼんやりと目線を泳がすとベッドの足元に頭が見えた。
(いた………。)
寝落ちしてしまった俺を置いて、とっとと知らんぷりして帰る事だって出来ただろうに。
 そっと体を起こしたのだけれど、気配がつたわったのか、保坂さんがこちらに顔を向けた。じっと見つめられ、俺は何か言わなければ、取り繕わなければと焦るばかりで言葉が出てこない。
「………すみませんでした。」
押し殺したように言われて、俺は慌ててタオルケットをたぐり寄せ、体にてきとうに巻き付けて保坂さんと同じように床に腰を下ろした。
 俺にとっては天にも昇るような幸せな時だったけど、保坂さんには悪夢みたいなもんだろう。きっと、後悔してるんだ。 「謝れるようなこと、何にもないですから。そう、保坂さんも俺も酔ってたし、ってことで。いや、俺が悪いんです。そうです、全部俺のせいですから、俺が変なこと言ったせいです。ほんと、犬にでも噛まれたと思って……。」
「そうじゃない!」
強く言い切られて、俺は間抜けなポーズのまま固まってしまった。
「ちゃんと言うべき事を言ってませんでした。」
保坂さんは俺と膝を突き合わせるように正座をして、太腿に軽く握った手を置いた。その見事なまでの美しい姿勢に、こんな時だというのにさすが剣道をやっていただけあってさまになるな、とか暢気な事が頭に浮かぶ。
「俺と付き合って下さい。」

「…………へっ?」
呆気にとられて、俺は情けない声を漏らすだけで精いっぱいだった。俺の耳はどうかしちゃったんじゃなかろうか。
「…あの、えっと………はい?」
「……付き合って、もらえませんか…?」
自分でも分かる。なんて間の抜けた返事なんだ。保坂さんは少し困ったように眉を寄せて俺を見ている。
 ああ、この顔は知ってる。照れている時の表情だ。その証拠に耳の先が赤い。それを見た途端、胸がぎゅっと絞られるように痛んだ。堪える間もなく涙が溢れてきた。滲んだ視界に保坂さんが慌てふためく様子が映る。
 こんな時に嘘とか冗談とか言う人じゃない事、俺はよく知ってる。
「…おれ、も…ヒッ……好き、ですっ……ほさかさ、…のこと……クッッ…好き………。」
ぼたぼたと涙を零しながら、この誠実過ぎる人に思いを告げる。もう自分を誤魔化すのはやめだ。こんなに素敵な人が俺を好きだって、付き合って欲しいって言ってくれてるのをちゃんと素直に受け止めよう。いつまでも昔のままじゃいけない。自分で自分を変えていかなきゃ、いつまで経っても前に進めないんだ。
「ヒッ、っく……こちらこそ、よろしく……お願い、…っしま、す……。」
「………良かった…。」
保坂さんは子供みたいに泣きじゃくる俺を抱き締めて、優しく、ずっと頭を撫でてくれた。






 アスファルトの舗道を黄色の絨毯が覆っている。いつものように遅めの昼食を終えて、社屋までの道のりの小さな公園の脇を通った時だ。都会の真ん中にある、ベンチだけがぽつりぽつりと配置されているだけの広場のような公園なのだが、そのサイズに見合わない、大きな銀杏の樹がある。色づいた葉がひらひらと舞い散っていた。
 いつになったら涼しくなるんだろうね、とつい先日、吉高さんとそんな会話をしていたような気がしていたが、もうすっかり秋になっていたんだと銀杏の樹を見上げながら思う。
 ふと足を止めて、季節の移り変わりを感じる。たったそれだけの事。
 恋をすると世界が鮮やかに見える、とはよく言ったものだ。
 そうだ、今日はお土産を買って帰ろう。あのケーキ屋にでも寄って、秋の新作でもチェックしてみよう。そんな事をつらつらと考えながら、会社へと戻ってきた。
 「お、保坂、お疲れ。」
エレベーターを待っていると、同期の藤本が帰ってきた所に出くわした。
「お疲れ。外回りか?」
「ああ、お得意さんでも顔つないでおかないとな。新規は午後から回る予定だけど。」
「相変わらず忙しそうだな。」
他愛もない会話を交わしながら、到着したエレベーターに二人して乗り込んだ。
「お前さ、何かいいことでもあったか?」
前触れも無く尋ねられて、俺は首を傾げた。
「特には………」
そう言いながら、直前まで仕事が終わってから吉高さんの所へ行くのを楽しみに、午後も頑張ろうと考えていた事に気付く。俺は一人、にやけていたのかも知れない。
「いや、そうかもな。」
俺の言葉に藤本は驚いた顔をする。
「お前がそんな顔して笑うなんてよっぽどだな。でもよ、いつもそういう顔してりゃきっとモテるぞ〜。」
「もう間に合ってるよ。」
冗談めかして言ってのけると更に吃驚される。
「ついにそういう相手が出来たのか?あっ!髪型変えたのもそのせいかっ!色気づきやがって。今度会わせろよ。お前の鉄面皮をはいだのがどんなか、すげー興味ある。」
「勿体なくて見せてやれない。」
俺は笑って返してやった。



 こんな風に変っていくのも悪くない人生だ。




登場人物を増やすとどんどん話は長くなる一方でした。保坂は開き直ったらきっと、クサイ台詞を真面目な顔で言うタイプです。吉高は恥ずかしがるかな、逆に。ほのぼのな雰囲気を目指してみました。
(back ground:『snow white』様)


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