愛のスパイス2




 「ヒロさん、お帰りなさい。」
野分の低い声。怒ってんじゃねえかよ。折角、何週間ぶりかにまともに顔合わせて、話せる時間が出来たというのに…。部屋に入るように促され、俺は大人しくそれに従った。酔いのせいもあって、少しだけ足元が覚束ない。ふわふわとした、あの独特の感覚。野分が側に居るというだけで気が抜けたのか、体に力が入らなくなる。
「気分、悪いんでしょう?お風呂やめて、とりあえず横になって下さい。」
野分は俺の脇に立って、そっと背中に手を添えてきた。声は相変わらず少し怒っているような響きを含んでいるが、仕草は優しい。
「ああ………わりぃ。」
思わず野分の腕を掴む。ほんとならこのまま体を預けて、寄り掛かってしまいたい。もしそうしたら、野分はきっと俺を抱きしめてくれる。それが分かってしまうことが居た堪れない。いい歳した大人が年下にそんな風に思うなんて。
 俺は野分に先導される形で何とかベッドまで足を運んだ。上着と緩めてあったネクタイを剥ぎ取るようにして床に放って、ベッドに横たわる。頭痛よりも酔っている感覚の方が強くなってくる。眠いのに高揚しているような、妙な気分だ。久し振りに野分に触れたせい、か…?
「水、飲めますか?」
野分がグラスを片手に寝室へと戻ってきた。上体を起こし、ぼそぼそと礼を述べてグラスを受け取る。
 まじまじと顔を見る。
 ああ、ほんとに野分だ。ここに居るんだな。

 ふと近付いてきた顔。唇に柔らかい感触。
 「……ヒロさん、宇佐見さんと何してたんですか。」
ベッドに押し倒された。野分、何お前そんな怖い顔してんだ。
「何って…小説の下読みして、メシ食ってっ……ん…。」
最後まで言い終わらない内に乱暴に唇を塞がれた。
「ちょっ……野分っ…ぅんっ……。」
のしかかってくる野分を押し返そうと腕を掴むが、酔っている上に体格的にも敵わない俺の抵抗はまるで功を奏さない。シャツをたくし上げられ、直接肌を撫で回された。いつもなら熱く感じる野分の手がひやりと冷たい。思わず吐息交じりの声が漏れる。
「ぁ……。」
「ヒロさんのカラダ……すごくアツい…。」
肌に唇を押し付けたままで野分が喋ると、びくりと身体が跳ねてしまう。野分の手が、唇が俺の身体に火をつけていく。ここ最近の忙しさからくる疲労感も手伝って、身体は正直に反応する。
「や…やめ、ろっ……ぅあっ……。」
抵抗の言葉は意味を成さない。それどころか身を捻った所でいつの間にか寛げられていたスラックスと下着を一緒に引き下ろされた。昂ぶり始めていた前をいきなり握られて、堪らず声を上げてしまった。
「ちょっ……のわ、き…。」
性急に扱かれて、下肢の熱がどんどん高まっていく。腕を伸ばして野分の身体を押しやったら、野分はそのまま俺の下肢に顔を埋め、俺の屹立したモノを銜えた。
「…バカっ…は、放せ…って…ぁ、ああっ……。」
野分の舌に煽られて、俺は直ぐに達してしまった。野分はそのまま俺の放ったものを嚥下し、喉が動くのが見えた。弛緩した身体は熱くて、どうにも動かせない。何でいきなりこんな事になったのか、呆然と野分を見つめることしか出来ない。野分は俺の身体に覆いかぶさるようにして、抱きすくめてきた。

 「宇佐見さんとはキスだけですか……?」
怒りと安堵が混じった、何とも表現しがたい声で呟かれた台詞。全くもって意味不明だ。どうすればそんな事を思ったのか。
「………どういう事だ…。」
抱きしめられたままで問い返す。
そりゃ、秋彦のことは好きだった。でもそれはとうに昔の話で、今は腐れ縁の悪友というところだ。そうさせたのは、そうさせてくれたのは他ならない野分なのに。気にするなというのは酷なのかもしれないけど…。俺だって野分にそんな相手がいたら、気にしてしまうだろう。自分がすごく勝手な事をいつも言っているのも分かってはいるのだ。頭では理解している。  でもいつまでも信用されていないようで情けなくなる。自分が情けなくて……泣けてくる。

 「……泣いてるの?」
野分が両手で俺の頬を包み込むようにしながら、俺の顔を覗き込む。その目は真っ直ぐ俺を見ている。
「誰が…。」
そうだよ、どうせ酔っ払って、自分がどうしようもなく情けなくて泣くような駄目な大人だよ。俺は目を伏せる。野分の視線から逃れようとするように。
 目尻におとされたキス。滲んでいた涙を掬い取るような優しい口付け。
「俺、ヒロさんとの時間がとれなくて、イライラしてました。急に帰れる時間が空いて、帰ってきたらヒロさんいなくて。宇佐見さんに嫉妬しました。こんな風に隙だらけのヒロさんと一緒にいて…。ヒロさんの唇、煙草の味がしました。それで、頭に血が昇って、俺…。」
ごめんなさい、と呟いた野分。きっとまだ、俺の顔を真っ直ぐ見つめてるはずだ。自分の気持ちを正直に言葉に出来るヤツだから。何の虚勢も衒いも無く、真正面から向き合う強さ。
「…煙草、吸った。」
(お前と会えないストレスとか、寂しさとか、そういうの忘れたくて)
「メシ、食って。酒、飲んで。」
(目の前にいるのは秋彦なのに、お前のことばっか、考えてて)
「バカだな、野分……。」
(お前に会いたかった)
 野分の頭を自分の胸に抱え込んだ。言葉にならない思いが伝わるように。
「…ヒロさん。」
そうしたら、野分は俺をぎゅっと抱きしめ返してきて。

 「……は…んッ……。」
野分がゆっくりと俺のナカに入ってくる。感じるのは微かな痛みと満たされていく心と身体。そのまま抱き起こされて、向かい合わせで野分を受け入れる。
「ぁ、あっ…。」
深く入り込んできた野分に思わず声が漏れる。背中に回された手が熱い。首筋を這う唇も舌も。
 俺を気遣うように背を撫でる優しい手。もっと深く欲しくて、自分から更に腰を落として野分を迎え入れる。
「…のわき…動いて……。」
野分の首にしがみつき、肩口に顔を埋めた。足りない。もっと強く、深く、野分が欲しい…。
「…ヒロさん………好き、大好きです…。」
熱に浮かされたような声が耳元に聞こえる。ああ、野分がここにいる。
「…あっ、ぅ…のわ…き、のわきっ…ふっ……んっ……。」
下から突き上げられる度に上がる嬌声を抑える事が出来なくて、貪るように唇を奪う。野分もそれに応えるように舌を深く絡ませてくる。
「ヒロさんっ…俺、もうっ……はっ………。」
普段からは想像つかないような男っぽい吐息と共に紡がれた言葉。追い立てられるように高みへと上り詰めていく。
「…っ…ぅんんっ……あ、アァッ……。」
「くっ…あ……。」
お互いの吐息が暗い部屋に満ちる。弛緩した身体は野分に体重を預けるようになってしまっているが、それでも野分はちゃんと受け止めてくれる。
「…ヒロさん、大丈夫ですか?」
「……ん………。」
野分の声が、体温が心地良くて眠気に襲われる。
「眠いんですか?…いいですよ、おやすみなさい……。」
俺はその優しい声に誘われるように眠りに落ちた。



 「ヒロさん、どうして煙草なんか吸ったんですか?」
朝っぱらから野分がしつこい。秋彦とキスなんかしてない事は納得してくれたらしいが、自ら煙草を口にした理由をやけに尋ねてくる。
「別に何でもいいだろうが!大概しつこいぞ、てめえ。」
恥ずかしくて言えるか、このバカ野分。
「どうして言えないんですか?やっぱり宇佐見さんと浮気したんですか?」
おいおい、キスから何で浮気に発展してんだよ!しかも何しょぼくれた感じになってんだよ!!あー、もうちくしょう!
「だーかーらー、ストレス解消だってんだよっ!俺だってお前に会えなくてイライラしてたんだよ、分かったか、こンのバカのわっっ……。」
全部言い終わる前に俺の視界は遮られ、口元も覆われた。野分に力一杯抱きしめられて、苦しい、苦しい…
「……るしいってんだっ!放せっ!」
何とか顔だけは野分の胸から浮かせたものの、俺を抱きしめる腕の力は弱まる事を知らない。
「ヒロさん、イチャイチャしましょう。その方がストレス解消にいいですよ。」
煙草は身体に悪いです、なんて随分と機嫌のいい様子で俺をぎゅーぎゅー抱きしめてくる。
「それに口寂しいなら…。」
「…ンッ、ん……やめ…ふっ……ぅ……。」
野分は思う存分、俺の咥内を貪ってから満面の笑み。
「ね。これで寂しくないでしょう?」

 「てめーっ!!ふざけんなぁっっっ!!!」
こうやって、事も無げに俺を幸せにするヤツ。恥ずかしいヤツ。
「ヒロさん、大好きです。」




久し振りのエゴ組。煙草を吸わない人って煙草の匂いに敏感だよね、って思いまして。
私は喫煙者なので、多分気付けません(笑)。煙草を格好良く吸う男に色気を感じます、はい。 煙草の味のするキス……私は結構萌えなんですが…どうなんでしょうね、皆さん。
(back ground:『NEO HIMEISM』様)


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