文化祭GOGO! 1




 「おかえりなさいませ、ご主人様。」
「ようこそいらっしゃいました、お嬢様。」


 そんな言葉が交わされているのは、今日が文化祭だからだ。なぜかウチのクラスは『メイド&ギャルソン喫茶』をやる事になった訳で。
 しかも今日の俺の役目はメイド。クラスの女子の強い勧め、というか強引さに負けて俺はメイド役に選ばれてしまった。反対したのは秀ちゃんだけ。女子の勢いに加えて、なぜか他の男連中も俺のメイドをやたらおしてて。秀ちゃんがそんなのに勝てるはずもなくて、流れに押されてやる事になった。


 当日、クラスの女子がメイクも全部やってくれて、用意されたメイド服を着込む。やるとなったらちゃんとやりたいとか思ってしまう俺は、意外と完璧主義だったりする。今日は一日メイドとしてやり遂げようと営業スマイルに女の子のような振る舞いをきっちりとこなしていく。秀ちゃんは裏方で飲み物や軽食を作る役で、そっちも忙しそうだ。
 どこから噂が広まったのか、俺のメイド姿を見に来たとわらわらと何故か男子生徒ばっかりウチのクラスの喫茶店へやって来る。

 「和久井、お前ほんと似合ってるわ、女装。ぶっちゃけ女子より普通に可愛いぞ。」
にやにやしながらそんな事を言われる。普段なら怒りにまかせて鉄拳制裁加えてる所だけど、今日はあくまでメイド役。なりきってる俺は笑顔で返す。
「有難う御座います、ご主人様。」
語尾にハートマークが付きそうな勢い。からかってきたヤツはそんな俺を見て、顔を赤くしている。ふん、俺をからかおうなんて百年早いんだよ。心の中で舌を出してるけど、顔はあくまで笑顔。


 オーダーの飲み物を取りに行った時に秀ちゃんと目が合った。秀ちゃんはブスっとした顔のまま無言で飲み物をこっちに出してきた。
「秀ちゃん、何怒ってるの?」
「…何でもない。」
無愛想に返された言葉。本当は秀ちゃんに喜んで欲しくてこの役引き受けたけど、当の本人がこんな顔してちゃ、俺の頑張りの意味が無い。ちょっとヘコんだ気持ちになったけど、とりあえずオーダーを受け取って、客の方へと届けに行く。

 俺の指名の客が多過ぎて、ほとんど休憩が取れないまま、文化祭の終わる時間に近づいてきた。最後の最後にクラスの連中に、
「悪い!ずっと働きっぱなしにさせて!!」
「ごめんね。でも和久井君居て良かった〜。凄い人気だったもんね。あ、坂木君も休憩入ってないんだよ、待ってるって言ってさ。一緒に他のとこ、回ってきなよ。」
とまあ、勝手な事を言われたけど、最後の女子の言葉にちょっと気分が上昇する。着替える時間ももったいなくて、そのまま秀ちゃんを呼びに裏へ入って行く。
「俺、休憩だから。秀ちゃんも行こ。あとはよろしくね。」
裏方仕事をしてた連中にも声を掛けて、秀ちゃんを引っ張り出した。途中で見た時よりも更に機嫌を悪くしてるみたいで、俺の方を見てくれない。そんな秀ちゃんは見た事が無くて、少し不安になる。俺は秀ちゃんの腕を取って、ずんずんと歩いていく。文化祭の今日、使われていない特別教室が集まっている棟へ向けて。



 「秀ちゃん、何も言ってくれなきゃ分かんないよ。何怒ってるの?俺、何か悪い事した?」
文化祭の喧騒が遠くに聞こえる特別教室に入って、秀ちゃんに問いかけてみる。それでも俺を見てくれない秀ちゃんの顔を覗き込むように更に言葉を重ねる。
「ねえ、秀ちゃん…俺の事、嫌いになっちゃったの?」
その言葉でやっと秀ちゃんの目が俺を捕らえた。
「そんな訳あるかよっ!…ただ、律が………。」
「ただ…何?」
上目遣いで秀ちゃんの顔を見たまま次の言葉を促すように訊く。
「……お前が他のヤツにニコニコして、しかもそんな格好で…さ。律は…俺のモンなのに……。」
ぼそぼそとまた視線をそらして秀ちゃんは言った。
「秀ちゃんってば、やきもち焼いたの?」

 何だ、そういう事だったんだ。そう思ったら逆に嬉しくなった俺は、ちょっと笑って秀ちゃんに言った。
「今日のこれ、引き受けたの、秀ちゃんが喜んでくれるかと思ったからだったんだけどな。俺、似合ってる?可愛い?」
くるっと一回転して、小首を傾げてニッコリ。そしたら秀ちゃんはいきなり俺を思いっきり抱き締めてきた。
「ヤバい位ちょー似合ってる、スゲーかわいい、マジで。」
肩口に顔を埋めたまま言われたその言葉に、俺も秀ちゃんの背中に腕を回す。
「これからの時間は秀ちゃんの、秀ちゃんだけのメイドさんだよ。」
ちょっとふざけた口調で続けてみる。
「何でもご命令くださいませ、ご主人様。」
秀ちゃんの身体を引き剥がして、少し距離を置く。短いスカートを摘み上げて恭しくお辞儀してみる。秀ちゃんは口元を押さえて顔を真っ赤に染めた。
「…っ、ヤベっ……それ、反則。」

 「ご主人さまぁ。」
わざと目を潤ませて訴えてみた。俺もどっかのスイッチが入ったみたい。真っ赤になってオロオロしていた秀ちゃんだったけど、俺のペースにまんまとはまったらしい。
「…ほんと、何でもいいのか……?」
「勿論です。」
語尾にハートマークが付きそうな程の猫撫で声で甘えてみる。秀ちゃんは喉をごくりと鳴らして、俺に目線を合わせた。完全にエロエロモード全開の熱い視線で見つめてくる。
「……じゃあ、そのままスカート、持ち上げて。」
「はい、ご主人さま。」
秀ちゃんもノリ気になれば、俺もエンジンが断然かかってくる。だってヘタレな秀ちゃんも、こういうのですぐ乗ってきちゃう秀ちゃんも俺、好きなんだもん。