おててつないで。 4





 スタート時間の少し前に修二と連れ立って訪れたライブハウスはかなり大勢の客でひしめいていた。俺がつい辺りをソワソワと見回していると、修二にぽかりと頭をはたかれた。
「挙動不審だぞ、お前。今日は山本さんのライブを観に来たんだろうがよ。」
「う、うん。」
そうだ、その通りだ。今はライブを楽しもうと気持ちを切り替える。
 「お、ゆずに修二君。」
どきりとした。振り向かなくても分かる、声の主。ぎくしゃくと振り返ると、いつものように笑顔で手招きしているしのさんがいた。
「あ……どうも…。」
手招きされるままに近寄って、ぎこちなく返事をしてもしのさんは気にした風ではない。

 (あれ……?何か大丈夫みたい?)
心の中で思いながら近くにいたサークルの先輩達にも挨拶をする。隣からしのさんの横顔を伺っていると客席の電気が落ちて、一瞬だけ大きくなったBGMがフェードアウトしていく。
 ドラムスティックのカウントから始まった曲。激しめのパンク調の曲からライブは始まった。山本さん以外のメンバーは男の人だけど、決してパワー負けしていないドラム。俺はその格好いい演奏に次第に夢中になっていった。途中でロックバラードのような曲も挟みつつ、最後はノリの良いモッシュ系。客席も最高潮に盛り上がる。
 山本さんがチャイナシンバルを思い切り一発かまして、ライブは終わった。途端に上がる歓声。
「しのさん、ヤバいっっ!ちょーカッコイイ!!」
俺は思わず隣にいたしのさんの腕にしがみついて、ライブの興奮を訴えていた。
 びくりと揺れた体。
 俺を凝視する目。
 途端に修二の言葉が頭に過ぎった。
 余計なことはするな。
 俺は慌てて腕を放し、しのさんの視線から逃れるように人波をぬって、ライブハウスを飛び出していた。修二が俺を呼び止める声がしたような気がしたけど、喧騒の中ではそれもよく分からない。
 無我夢中で飛び出したから、行きに通った道なのかも分からないまま走っていた。
「待てよっ!」
二の腕を掴まれて誰かに引き止められた。気が動転していた俺はそれを振りほどこうともがくけど、力強い手は離れることは無かった。
「ゆずっ!!」
体の向きを変えられ、両腕をガシリと掴まれて、たしなめるような強い語調で名前を呼ばれた。
「あ――。」
まるで憑き物が取れたように放心して、目の前の顔を見上げた。
 そこには今までに見たことがないような顔したしのさんがいた。でもしのさんは直ぐにバツが悪そうな顔になって、俺に背を向けて、
「……ついて来いよ。」
と一言、背中越しに言った。

 二人して夜道を歩いていく。どこに向かっているのか分からなかったけれど、俺はしのさんの数歩後ろを黙ってついて行った。
 話すきっかけがつかめないまま電車に乗って辿り着いたのはしのさんの住んでいるアパートだった。招き入れられた部屋。立ち尽くしたままの俺にしのさんはてきとうに座れと言い置いて、キッチンに立った。
 俺は沈黙に耐えられず、しのさんの後姿に話しかける。
「あの…しのさん…あの、その………。」
何を言うべきなのか、考えないままとりあえず声をかけたから結局言葉が出てこない。
 しどろもどろになっている俺の顔の前にグラスが差し出される。大人しく受け取って、一口飲む。しのさんはベッドに寄り掛かるようにして、俺の隣に腰を下ろした。
「あん時は悪かった。」
突然告げられた謝りの言葉。
「あの時……。」
「手、振り払っちまっただろ。」
少し怒ったような顔をして、しのさんは言った。
「別に悪気があった訳じゃないんだ。俺、お前に手握られて焦っちまって。んで、焦った自分に驚いた。今までこんな風になったことなくて、そしたらお前、俺のこと避けるようになっちまうし。寂しかったよ。何か、すげー可愛がってた犬にそっぽ向かれたみたいでよ。」
「俺は犬、ですか。」
「うざい位に擦り寄ってきて、いっつも俺の側で尻尾振るみたいにかまってオーラ出しまくってたじゃねえか。」
「うざいってことはやっぱり俺のこと嫌いになっちゃいました?」
思わず縋るような目をして、しのさんの顔を見てしまう。
「寂しかったって言っただろうが。いつの間にか側にいるのが当たり前になって、隣でニコニコしてるお前見てんの、嬉しくなって、だから…お前が居ねーとつまんねえんだよ……。」
そっぽを向いて、しのさんはぼそぼそと言った。
 照れたような表情。少し頬が赤いように見える。

 (これって…もしかして……。)
「じゃ、じゃあ、しのさんも俺のこと好きってことじゃないですか!嫌われたかも、なんて心配して損したっ!良かった〜。」
しのさんに抱きついて喜びを体で伝える。
 嫌われてなかったんだ。俺が側に居て、嬉しいって思っててくれた。
「お前にはかなわねえよ……。」
しのさんは小さな声で呟いて、抱き付いていた俺の体を少し離して、両手で俺の頬を包み込む。
 熱くて、でも心地良いしのさんの手。
 そうしている内に顔が近付いてきて、キス、されていた。
 驚きのあまり息をするのも忘れてしまう。頭がぼんやりとしてきたら、そっと唇を放された。

「俺の好きはこういう好きなんだけどな。」
今度はしのさんから抱き締められて、しのさんの胸に顔を埋めたままでそんな台詞を聞いた。
しのさんの体は熱くて、心臓の音が早く、大きく響いてくる。それが直に伝わってきて、俺の心臓も煽られるようにドキドキしてくる。
「好きって……しのさん、あの…。」
「分かんねえならもう一回…な。」
親指の腹で下唇をなぞられて、どくんと心臓が大きく脈打った。
「……っ…ぁ………。」
さっきよりも深いキス。舌が差し入れられて、唇に優しく歯を立てられる。

「ゆず…。」
キスの合間に名前を呼ばれて髪を梳くように撫でられる。気持ちいい……。
「あっ……。」
ジーンズの上から俺のモノをそっと撫でられて、思わず声が漏れてしまった。
「ちょっ……。」
キスだけで少し反応していたのに気付かれてしまうのがイヤで、身を捩って逃げようとしたけど、耳元で囁かれてぴたりと止まってしまった。
「俺の手、好きだろ?」
そのままホックを外され、ファスナーも下ろされてしまう。
いや、とか待って、とかいう言葉は口から出るけど、抵抗は出来なかった。しのさんの手が艶かしく動くのに見入ってしまう。
「ゆず、もうこんなじゃん。」
しのさんは下着から俺のモノを引きずり出して、やんわりと握る。恥ずかしくて、しのさんの肩に額をつけるようにして俯く。でも、しのさんの手から目を離せなかった。
 ゆっくりと扱かれて、更に大きくなって先走りも溢れてくる。
「しのさんっ、やっ…はなしてっっ……。」
しのさんの腕に縋るようにして訴えるけど、手を止めてはくれない。
「いいからイっちまえって。」
俺のモノを扱く手が早くなって、親指で先端をぐりぐりと弄られて堪えることが出来なくなる。
「うぁ……あ、ああっ――――。」
しのさんの手でイかされてしまって、肩で大きく息をついていると、ベッドの上へと引っ張り上げられる。
 しのさんは上から覆い被さるようにして、俺を抱きすくめた。手は優しく俺の頭を撫でている。

「ゆず……好きだ。」
その言葉にどきりとする。俺だって散々しのさんに好きだの何なの言ってきているのに、しのさんの口から出ただけですごく特別な言葉に聞こえる。
「俺、こんな風に誰かを好きになったの初めてかもしんない。」
しのさんのモノが堅くなっているのを太腿に感じて、思わず顔が赤くなる。首筋にかかる吐息がすごく熱くてくすぐったい。

 しのさんの言った好きという言葉がそういう意味だとありありと見せつけられる。でもそれが決してイヤじゃない。むしろ嬉しいと感じている自分がいる。
 しのさんの手に一目惚れして、見ているだけで幸せだった。でもその内、頭を撫でられたり、肩を抱かれたり、触れられるのが嬉しくなっていた。
 どれだけ俺の好みの手をした人がいても、そんな風に思ったことは無かった。まるでお気に入りの芸能人を見るような気持ちで好きなだけで、見ているだけで良かった。近くにいる人、例えば修二みたいな人間であれば触って楽しむことも出来たけど、触って欲しいと思ったことは無かった。
 それだけでもう、特別だったんだと今更ながら気付く。

 ついばむようにキスしながら、しのさんは俺のシャツのボタンを外していく。熱い手がはだけた胸を撫でる。その指が辿った後をなぞるように唇もおりていく。最後に辿り着いたのは、さっき出したもののまだ半勃ち状態のところ。
 あまりのことにベッドをずり上がって逃げようとしたけど、腰をがっちり掴まれてしまい、動くことは出来ない。舌先で先端をくすぐるように突かれたかと思うと、ねっとりと舌を這わされる。今まで経験したことのない快楽に身体は正直に反応する。
 女の子とキスまでの経験しかなかった俺にとっては未知の世界。気持ち良過ぎて抗うことが出来ない。軽く含まれてしゃぶられて、幹を伝って先走りと涎が垂れていく。指がソレを塗りつけるように後ろに触れて、思わず身体がビクッと震えた。
「し、しのさん、何っ………。」
ゆっくりとしのさんの指が差し込まれていくのを感じる。その違和感に身体がすくんでしまうけれど、同時に前への愛撫が再開されて、気持ちよさと違和感とが一緒に襲ってきて、何が何だか分からない。心も身体もぐちゃぐちゃになっていくようで、怖くてしのさんの髪に指を絡めて頭を押しやった。
 すると前は解放されて、ゆっくりと進められていた指も止められた。それでも異物感は治まらない。

 しのさんは俺と目を合わせると
「ゆずの中に俺の指入ってんの、分かる?」
その台詞で一気に身体が熱くなった。しのさんのあの綺麗な指が俺の身体の中に入っているという事実を思い知らされる言葉。
「そんな、こと……言わないで……。」
俺の顔を見たまま指を動かし始める。中を探るようにかき回されて、ある一箇所をしのさんの指が掠めた途端、
「あっ、んん………っ…。」
腰骨から重く響くような疼きが背筋に走って、思わず声が出てしまった。俺の様子が違うことに気付いたのか、しのさんは執拗にそこを攻めてくる。
「――っ、やっ……しのさっ、ぁ…そこ、ヘン……。」
「俺の指、気持ちいいんだ………。」
指が増やされて、圧迫感は増したけど、痛みは感じない。下半身が溶けてしまいそうな感覚。しのさんの言葉にも煽られて、ますます身体は熱くなる。
「あぁ…も、やだっ……だめ…。」
「ムリ。俺も余裕ねえ……。」
いきなり指を引き抜かれて、無意識にぎゅっと瞑っていた目を開ける。涙が滲んでいたのか、ぼやけた視界の中でしのさんが着ていたTシャツを乱暴に脱ぎ捨てた。
 熱い視線で見つめられたと思ったらうつ伏せにされて、しのさんは背中から覆い被さってきた。ベッドについていた手にしのさんの手が重なる。

「力抜け。」
「あっ……。」
さっきまで指で弄られていたところに熱くて大きいモノが押し当てられた。じりじりと腰を進められて、しのさんのモノが俺の中に入ってくるのが分かる。俺はその衝撃にしのさんの手を力一杯握り締める。
 しのさんは空いたもう片方の手で、俺を慰めるように胸を、首筋を、腹を、身体中を優しく撫でる。
「ゆず――っ……。」
耳元で囁かれた声は切羽詰ったように吐息交じりだった。俺はぶんぶんと頭を振って、枕に顔を埋める。口を開いたら、変な声を出してしまいそうで…。
 顎をすくわれ、唇を指でなぞられる。
「声出せって。……その方がラク、だぞ…。」
ぐいっと一気に押し込まれて、思わず空気を求めるように口を開けてしまった。そうしたら、しのさんの指が口の中に差し込まれて、口を閉じられなくなってしまう。
「ふっ、あァ……は、ぅ………。」
最初はゆっくりと、段々と出し入れされるスピードが速くなって、身体が大きく揺さぶられる。開いたままの口の端から涎が伝い落ちる。頭はショートしたように何も考えられない。あるのはしのさんから与えられる熱と、手の感触だけ。
「…俺、もうイキそうなんだけどっ……ゆず、一緒に…。」
口の中に差し込まれていた指が今度は俺のモノに伸びていった。握られ、激しく扱かれる。
「ひ、ぁ……しのさ…しの、さんっっ………うぁっ…。」
今まで味わったことのない刺激に翻弄されて怖くなって、上から重ねられたしのさんの手に縋るように指を絡ませながら、しのさんの名前を口にした。しのさんは俺よりももっと強い力で握り返してくれる。
「は、ぁう――ンああぁっ……。」
「ゆずっ、はっ……くっ――。」
しのさんの指先が俺の張り詰めたモノの先端に食い込んで、その刺激でしのさんのモノを後ろで銜え込んだまま達してしまった。そのすぐ後に、俺の中でしのさんのモノが大きく脈打って、身体の奥の奥で迸りを感じた。
 しばらくしてからゆっくりと引き抜かれて、支えを失ったようにベッドに身体が沈む。どこもかしこも力が入らない。
 ぴったりと重なるように抱き締められる。背中に感じる熱い身体。髪を撫でる優しい手。
「………なあ、ゆず。」
俺のうなじに唇を押し当てながら、しのさんが荒い息のままで問う。
「好きなの、俺の手…だけか…?」
俺は頭をゆっくりと横に振る。
 しのさんは、そっか、と嬉しそうに呟いた。





 お昼少し前。月曜日の教授は気を利かせてなのか、自分がお昼をちゃんと取りたいだけなのか、講義をいつも早めに終わらせてくれる。まだ空きのあるテラス席を確保して、修二と一緒にお昼を何にしようか考えていると、
「よっ。」
俺の頭にぽんと置かれた手。その感触だけで誰だか分かる。
「俺も一緒していいか?」
しのさんは笑顔でそう言いながら、俺の隣に腰を下ろした。
「じゃあ俺、先に買ってくるわ。」
修二はそう言い残して、配膳カウンターのほうへさっさと行ってしまった。
「さっすが修二君、気が利くな〜。」
しのさんは暢気にそんなことを言っているけど、俺は何となく恥ずかしくて、しのさんの顔が見られない。あんなことがあってから普通に会うのは今日が初めてなのだ。
 土曜日の夜、あのあと修二は山本さんに打ち上げに連れて行かれ、俺としのさんの分も穴埋めするように食べて、飲んできたらしい。山本さんは勝手に俺を連れて帰った、としのさんにたいそうご立腹だったそうで、今度おごらせてやるから修二君もおいで、とのたまっていた、と。そんな訳で、修二は修二で色々大変だったらしいが、俺の家にもちゃんと連絡をしてくれていて、無断外泊にならずに済んだ。ほんと、修二には迷惑を掛けっぱなしだけど、俺のことを今更とやかくいうのは無駄だと諦めているらしい。お前も何かおごれ、それでチャラだと苦笑いしながら言ってくれた。
 俯いたままの俺の頭を無言のまましのさんが撫でている。修二が戻ってきたけど、手はそのままで修二と普通に話している。
 やっぱり気持ちいい。いや、前よりももっと幸せな気持ち。こうやって触れてくれるのが、甘やかされているみたいでちょっとくすぐったい。
「あんまりのんびりしてると混んじまうぞ、ゆず。」
「え、あ、ああ、そっか。」
急に話を振られて、しどろもどろに答えて椅子をガタガタ鳴らしながら立ち上がる。
「じゃあ俺も行ってくるか。修二君、荷物よろしく。」
何にすっかな、と言いながらしのさんも立ち上がった。
 しのさんのあとについて行くように俺も歩き出す。気恥ずかしくてしのさんの顔が見られないから、ついつい視線は下にいく。少し前を歩くしのさんの手が丁度視界に入って、手ばかりを見つめてしまう。

 俺の大好きな、しのさんの手。
 触れたい。でも嫌がられるかも知れないし…。そう思いながらも結局、その誘惑に勝てなかった。
「しのさん、あの……。」
「ん?」
「手、つないでもいいですか…?」
小さな声で言ったら、しのさんは一瞬ぽかんとした顔をしてから、目尻を下げて笑う。
「可愛いこと言うのな。」
そう言って、しのさんはほら、と俺の方へと手を差し出した。おずおずとそちらへ手を伸ばすと、ぐいっと手を取られ、確りと握られた。
「この手はさ、もうゆずのもんなんだから好きにすりゃいいんだ。」
耳元で囁かれて、俺の顔は真っ赤になった。恥ずかしさのあまりに固まっている俺は、軽く引き寄せられただけでしのさんの方へ体が傾いてしまった。
「俺も好きにさせてもらうから。」
そう言って、しのさんは学食のど真ん中で俺にキスをした。



 そのあとのハンバーグ定食の味が分からなかったのは言うまでも無い。




手フェチ男子とギタリスト。ベタといえばベタな組み合わせですね。ギタリストの人って、ほんとにキレイな手の人が多いんですよ。
私が書くキャラにしては珍しい、ちょっと天然系直感型な受けキャラでした。
 (back ground:『Liz Grace』様)


気に入って下さったら、是非ポチっとお願いします。





Novel TOPに戻る