優しい手、優しい目、それと… 2




 どうやら行き着けらしいそのレストランでは、すんなりと奥の半個室みたいになっている席に案内された。俺にメニューを渡したウェイターが学の顔を伺う様にすると、学はオーダーあとで、と告げた。かしこまりました、と礼をしてウェイターが立ち去ってから、俺は学に訊いた。
「よく来んの、この店。」
「まあな。週2,3回ってとこか。自炊すりゃいいんだけど、料理なんて出来ねえし。」
「へえ…。」
意外だ。何でもそつなくこなしそうなのに。何か、ちょっと嬉しいかも。学でも出来ない事とか苦手な事とかあるんだ。
「あ、お前何笑ってんだ。そういう透真は出来んのかよ。」
俺の顔を覗き込む学は意地悪な笑みを浮かべている。
「………出来ねえよ。」
出来ると言いたい所だが、俺も全くダメだ。せいぜいインスタントラーメンを鍋で煮る位しか出来ない。
「だよな。そりゃ良かった。」
「良かった?」
「透真の手料理が美味すぎて、ブクブク太っちまったらどうすんだよ。モデル続けられなくなっちまう。」
仮に俺が料理が出来たとして、何で学が食う事前提だよ。どんだけ俺様だ。軽く睨みつけてやると、
「可愛い恋人に手料理なんか作られたら、食っちまうだろ。」
俺の方にわざわざ顔を寄せて、囁くように言う。
「ばかっ!んな事、こんな所で言うなっ。」
恥ずかしいやつ。俺は学の視線から逃れるようにして、メニューに目を落とした。

 今日はまだ料理の味を楽しむ余裕があった。俺は結構なボリュームのあるランチセットで、学はいつも決まったメニューを食べるらしく、俺から見れば随分少ない量だ。
「そんなんで足りんの?」
思わず問い掛けた。
「そうだな。ここ何年か腹一杯になる程食ってねぇな。やっぱりメシで調節しないと体型維持すんの大変なんだ。食った分だけ運動すりゃいい、って訳にはやっぱいかねえ。」
「……大変なんだな。」
「体が売りモンの商売だから仕方ねえ。どんな仕事でも大変な事は何かしらあるからな。」
確かに学の言う通りだ。俺みたいな気楽なバイトとは違う。仕事して、稼いで、自分で生活をしている。
 こういう話を聞くと、やっぱり学は大人で、俺はまだまだガキなんだと思い知らされる。とても真面目な性格には見えないが、やるべき事はきちんとやるという信念みたいなものを感じさせられる。結果を出してきた事に裏づけされた確固たる自信。それが自然と滲み出ていて、見せかけじゃない事は誰もが感じるはずだ。同じ男としてそういうのは憧れる。
 それはつまり、格好良いのは顔だけじゃない、って事で…。ずりぃよな、ほんと。
「どうした?そんな見惚れる程、いい男か?」
ぼーっと考え事をしていたら、どうやら学の顔を見つめていたような状態になっていたらしい。
「っ…ちげーよっ!!なんでもねえっっ!」
ニヤけて俺を見ていた学にそう言って、俺はバケットにかぶりついた。



 メシを済ませて車に戻る途中で、行きたい所があるかと訊かれたけれど、特に思いつかなかった俺はうーんと唸っただけ。そんな俺に学は、
「そんじゃ、俺ん家来る?」
と何気なしに言ってきた。

 さっきのレストランから車を走らせる事約5分。地下の駐車場に入ってしまったから外観はよく見えなかったけれど、きっと高級マンションだろう。通された部屋は広いリビング。
「てきとーに座って。」
ショップバッグをソファの脇に無造作に置くと、学はキッチンへ入って行く。リビングとつながっていて、対面式の造りだ。
「茶しかねぇんだけど…。」
「あ、うん。」
とりあえずソファに腰を下ろして、きょろきょろと辺りを見回す。大きめのソファにローテーブル、テレビとコンポがあるだけ。ものが少ないせいで部屋が余計に広く見える。
 しばらくしてグラスを手に学が戻って来た。テーブルにグラスを置くと、俺の隣に腰を下ろした。ソファが沈むのを感じて距離の近さにどきりと心臓が跳ねた。その途端、肩を抱き寄せられ、髪にキスを落とされた。
 あまりに突然の出来事。
「少し位、イチャイチャさせてくれてもいいだろ。」
事も無げに言い放たれた台詞にやっとの事で反応する。
「な、何すんだよっ!!」
払った手はあっけなく離れた。
「ケチくせえな。」
学は笑いながらテーブルにあったリモコンを手に取り、何事も無かったかのようにテレビをつけた。低く流れるテレビの音にほっとする。あんまり静かだと、今の自分の心臓の音が聞こえてしまいそうで。
「俺だってこんな事する相手、初めてなんだけどな。」
ぼそっと漏らすように言われた言葉。
「……うそばっか…。」
小さく呟くように返すと、学はソファに片脚を乗っけて、半分あぐらをかくみたいにだらしなく座って俺の方に向き直る。
「嘘じゃねえって。あ、正確にはこういう事したいって自分から思う相手、か。」
由里ちゃん辺りから俺の情報漏れそうだから先に言っとく、と前置きをしてから俺の顔を真っ直ぐ見つめながら話し出した。
「俺さ、透真が初めてなんだ。」
「…何がだよ。」
初めて、ってなんだ。横顔に学の視線を感じながら、次の言葉を待ち受ける。
「俺から告白したのも、アホみたいに浮かれてんのも…それから、こんなに好きになったのも。」
ソファの背もたれに乗せられていた手が俺の髪を優しく撫でる。
 わざわざそんな事宣言するなよ…。滅茶苦茶恥ずかしいじゃねぇか。
 ダメだ、心臓が口から出そうで身動き出来ねえ。
 俯いてた俺の顔を覗き込むように学が下から見上げてきた。
 そのまま顔が近付いてきて、俺は思わず目を閉じてしまった。唇に柔らかい感触。軽く触れて、直ぐに離れていったと思ったら、抱き締められた。温かくて、優しい腕。ふわりと香る、学の匂い。
「すげー可愛いのな、お前。」
可愛い、という言葉に反応して俺は学の体を引き剥がそうと腕を突っぱねた。
「………っ、か、かわいいとか言うなっ!俺は男だっ!」
「んなもん、知ってる。」
俺が必死で言い返した文句もあっさり流された。
「学、てめー……。」
ちくしょう、何言ったらいいのか分かんねえ。返す言葉が見つからねえ。
「愛してるぞ、透真。」
今度は言い淀む俺の額にキスをしてきた。
「やめろ、ばかっ!!」
俺、こいつと居たら恥ずかし過ぎていつか死ぬかも知んない。もうどうやったってこいつには敵わねえと思う。悔しいけど、腹が立つけど……。
 俺が暴れたせいで学の腕は離れていった。それでも学は嬉しそうな顔をしてた。


 それから二人で、というか学が訊いてくる事に答えて、話して…。特に共通の話題がある訳でもない。
 つまんねえヤツとか思われてないか。そんな事が気になってたまに視線だけ学の方へ向ける。でも、どのタイミングで見ても、学は俺の方を見ている。慈しむような、愛おしいものを見るような、優しい目。
 交わしている言葉は何の事はない世間話だというのに、好きだと言われているようだ。目は口ほどに、とはよく言ったものだと思う。
 気付けば部屋は暗くなり始めていて、学は夕飯を食いに行きながら家まで送ると言ってきた。電車で帰るから平気だと言ったが、聞き入れてもらえなかった。少しでも長く一緒に居たいんだ、それ位察しろよ、と意地悪な口調で言われて、俺も、勝手にしろと返してしまう。
 結局、これも学の思うツボだ。




 「ありすちゃん、いい時計してるじゃない。」
次の日、講義の合間にいつものように平山と喫煙所で時間を潰していたら、そこに百地がやって来た。女って何でこういう事に目ざといんだろう。
「あ、ほんとだ。新しいじゃん、それ。」
平山は百地が指摘した事で初めて気付いたようで、まじまじと俺の腕時計に注目する。


 昨日、学の部屋を出るときに渡されたものだ。買い物に付き合ってくれたお礼、とか言って差し出されたもの。
「これ………。」
やられた。ちゃっかり見てやがった。何でもお見通し、って事かよ。
 渡されたのは学が買い物している間に俺がちょっといいと思って見ていた腕時計だった。
「こんな高いモン、もらえねえよ。」
そう断ったけど、
「折角、お前に似合うと思って買ったのに、無駄になっちまうなあ。俺、使わねえしなぁ。」
学はあからさまにヘコんだ振りをする。それに絆されて、受け取ってしまう俺も俺だけど。
「あとこれも。一緒にもらってくれると嬉しいんだけど。」
そう言って握った手を差し出されて、反射的にその下に手を出した。
 チャリンと小さな音を立てて俺の手に落ちてきたのは鍵だった。ご丁寧にキーホルダーまで付いている。思わず目を瞠る。
 突然、鍵を落とされた手を掴まれ、引き寄せられた。体勢を崩して抱きとめられたのは学の腕。
「鍵渡したのも初めてだから。お前は特別…な。」
いつでも来いよ、と耳元で囁かれて、一気に体温が上がった気がした。


 とまあ、そんなやり取りがあって、俺の腕にはこの時計がはまっている。
「…もらったんだよ。」
銜え煙草でそっぽを向いた俺の横顔を百地はニヤニヤと見ているのが分かる。
「随分いいものもらったのね。ごちそーさま。」
「………やっぱこれ、高いのか?」
「だってそれ、今季の限定モデルよ。確か…20万位だったかしら。」
あっさり言われた値段に真っ先に反応したのは平山の方だった。
「マジでっ!?すっげー!!よく見せろよっ!」
平山は興奮気味で俺の腕を掴む。
(そんなたけーのかよ…。俺のバイト代の4ヶ月分位じゃねえか。)
「でもまあ、アルマーニだし、その内もっといいもの買ってもらえるでしょ。フランクミューラー辺りがいいんじゃない?」
俺でも知ってる時計の有名メーカーだ。100万超えるようなものもざらにあるようなブランド。
「ありすちゃんがちょっとおねだりすれば、何でも買ってくれるわよ〜。」
訳知り顔でそんな事を言う百地にぎょっとする。まさか学がもう話してるとか…。
「おい、透真っ!いつの間にそんなセレブな彼女、つかまえたんだよっ!」
平山が詰め寄ってくるが、俺には到底答えられない。
「そのうち紹介してくれるわよ。ねえ、ありすちゃん?」
したり顔でそんな事を言う百地と、それに同意するように隣で目を輝かせている平山に俺は黙る事しか出来なかった。





 区切りが良かったので、やはり初デート話のみをピックアップして書いてみました。何でもお見通しな学…というか、その学にまんまとハマっていく透真、という感じになりました。
 学にはこのまま男前街道を突き進んでもらう方向でおります。男前、万歳。
(back ground:『うさぎの青ガラス』様)


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