恋心 5





 卒園式で彼の顔を遠くから見たのが最後、俺の心は彼に残したまま5年が経った。
丁度翔も小学校5年生になっていた。彼のおかげで翔との親子関係もあれから崩れる事無く、上手くいっている。さすがに11歳ともなれば、それなりの分別も付き、自分の家に母親がいない事情もそれなりに察しているらしい。率先して家事の手伝いもしてくれるような子供に育っている。

 小学校にあがったばかりの頃には『あきらせんせいとあそばないの?』と無邪気に聞いてきて、俺を困らせたりもしたが、今では友達と遊ぶ事に一所懸命なようだ。そうだ、こうして記憶は過ぎ去っていくものだとこの5年で何度言い聞かせてきただろう。自分にとっての5年間よりも若い彼の5年間の方が、どう考えても変化が大きい。俺との1年間もきっと一時の気の迷いだったと気付いて、新しい生活をしているに違いない。新しい恋人だって出来ただろう、あれだけの男、放っておかれるはずが無い。
 そうやって必死に自分で自分を慰めてきた。彼は俺と別れて、きっと幸せになっていると。だから俺はあの時別れて正解だったのだ、と。あの時の俺には、大切な人間を二人、翔と彼とを一人で抱えるだけの度量が無かった。だから俺は逃げ出したのだ、そして彼を自分で切り捨てた。


 翔と夕飯を食べながら、何とは無しに会話を交わす。今日は翔が作ったカレーライスだ。家庭科の調理実習で作った腕を披露したかったらしい。
 学校での話の際、翔がこんな事を言った。

 学校でいじめられている子がいると。その子はよく男子にからかわれていて、でも強い子で、決して泣いたりしないし、いつも突っぱねている子なんだと。それを聞いて何となく微笑ましい気がした。きっとその子は好かれているんだろう。小学生位の時には好きな子はいじめて気を引きたいような年頃だ。それ位しか表現方法が無いから。その女の子が強い子なら尚更だ、少しでも自分の事を大きく、強く感じて欲しいと余計に無茶な態度を取ったりするのだ、男というものは。しかし、それは大人にならないと分からない事だ。

 「翔はどう思う?」
とりあえず自分の思った事は後回しに翔の意見を聞いてみたいと思った。自分が子供の頃の事を懐かしく思いながら。
「・・・その子、守りたいと思った・・・。」
カレーを口に含みながら、ぼそぼそと口にされた言葉に耳を疑った。俺の脳裏に彼の言葉が甦る。我が子ながら上出来だと、何だかとても幸せな、それでいて切ない気分になった。好きな子を守りたいとそう素直に思える程、翔は大人になったんだ。包み込むような愛情を与えてくれた彼のような立派な男になるだろう。

 「そうか・・・。お前はいい男になるよ、父さんが保障してやる。それにしても競争率の高そうな子を好きになったんだな。」
テーブル越しに翔の髪をかき回すように荒っぽく撫でた。それを嫌そうな顔をして、そっぽを向いた。
「お父さんはいないのかよ、好きな人。」

 思わぬ反撃に口を噤んでしまった。母が何度か見合いの話を持ってきてはいたが、会う事も無く断りを入れていた。こぶ付きの男と見合いなどさせられる先方が可哀想だと言いながら、それを言い訳にしてきた。人生で一番幸せな時間だったと言える彼との時間を忘れ去る事など出来なかったから。
 みっともないと思いながらも、彼への思いは断ち切れないでいた。でも復縁を迫る勇気も無い、ただ彼の幸せを願うような消極的な愛情をずっと持っていたし、これからも持ち続けていくんだろうと既に自分の心は納得していた。かなりの沈黙の後、俺はこう告げた。

 「いるにはいるが・・・もう無理だろうな、きっと。」
「お母さんじゃないんだろ、それ。あきら先生だったりする?」
息子の言葉に絶句してしまう。どうしてここで彼の名前が出てくるのだ。翔は気付いていたのか、あの事に。焦りに冷や汗が背中を流れる。そんな俺を見て、翔は事も無げに話を続ける。

 「この間あきら先生に会った、っていうか時々会ってた。幼稚園に遊びに行って。だって小学校には動物いないし。それでいっぱい色んな話したよ。その・・・好きな子の話・・・とかも。あきら先生、おれの顔を見て一番さいしょに聞くの、お父さんのことなんだ。元気にしてる、とかそんなの。でもお父さんには会ってること言っちゃだめだって。」

 俺は全く知らなかった。翔が彼と会っていたなんて・・・。もうあれから5年にもなるのに。

 「おれ、今と同じこと、あきら先生にも言った。そしたらあきら先生も頭なでてきた。お父さんと同じような顔してた。なんかよく分かんないけど、そんな気がした。好きなのかなって。だって、お父さんあきら先生といたとき、すごい楽しそうだったよ。おれも楽しかったけど。いっぱい色んなところつれてってくれたし。」
まじまじと俺の顔を見ながら
「好きなんでしょ、お父さん。おれ、別にいいよ、あきら先生なら。」
そんな爆弾発言をした。俺の事などおかまいなしに翔は続ける。
「男どうしだっていいじゃん。おれ気にしないから。」
などと大人びた顔で平然としながら、グラスの水を飲み干している。


 あまりの事に思考が追いつかない。一体これはどういう事なのだ。彼は何か翔に話したのだろうか。本当に翔はいいと思ってるのか、この状況を。全くもって訳が分からないという顔をしている俺に更に追い討ちを掛けたのはこんな言葉だった。
「来週の日曜日、遊園地行くからね。約束してきたから、あきら先生と。もちろん、お父さんも行くでしょ?」




 よく晴れた日曜日の朝、彼は車で現れた。以前と変わらず、恭司さんと俺を呼び、そしてこう言った。
「ずっと好きでした。付き合って下さい。」
そうして俺を赤面させた晶は翔と目配せをすると、満面の笑顔を見せた。



 晶とはこれからまた色んな話をしよう。離れていた5年間を埋める程の。また色んな所へ出掛けよう。翔も大きくなって、行ける場所も増えたから。その前に晶から聞きださなければいけない。翔にどんな話をしたのか。俺の知らない内に何を吹き込んだのか。悔しいじゃないか、俺だけ仲間はずれにされていたなんて、と子供のように思ってしまう。

 でも、それが幸せだと思ってしまう俺は、相当晶に絆されてしまっていたという事だ。いや、絆され続けていたという事か。どちらでもいい、今があるのなら。俺は幸せだ。






幼稚園の先生とその父兄、なんとも無理矢理な設定でしたが、いかがでしたでしょうか。結局最後は甘いんです。
でも書いていて楽しいのはやっぱりあまあまハッピーエンドですね。
(back ground:『うさぎの青ガラス』様)


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