可愛くないのが 1




 学校も夏休みに入って、バイトに費やす時間が多くなった。とは言っても、コンビニのバイトなんて忙しくてもたかが知れている。 最近よく一緒になるのは高校生だという坂木だ。部活をしているらしく、夜の時間帯でかぶる事が多くなった。いかにも今時の高校生という見た目だが、人付き合いのあまり上手くない俺にも臆する事無く話しかけてきて、 だからといって馴れ馴れしい訳でもない、バイトの時間が一番楽に感じられる相手になった。 どうも今日はいつもにも増して機嫌が良いらしい。俺は思わず聞いてみる。
「何か今日は随分機嫌がいいんだな。」
「あ、分かります?実はこの後デートなんすよ、俺。」
デレデレと顔を崩しながら坂木が答えた。彼女がいたというのは初耳だ。 俺と違って愛想のいい坂木はきっとモテるんだろう。 俺のダチの平山にタイプが似ているのかも知れない。
「可愛いんですよ、マジで。俺にはもったいない位。」
嬉しそうに話す坂木は相当彼女に惚れ込んでいるんだろう。


 そんな会話をしていると、客がきた事を知らせるベルの音がした。コンビニといえど、一応挨拶くらいはする。 いらっしゃいませと申し訳程度に声を出す。
「律!どうしたんだよ〜。」
坂木がその客に声を掛けたから、俺は思わず客の顔に目をやった。視界に入ってきたのは、えらく見目の麗しい、色白で華奢な子だった。 美少年とも美少女とも言えるような顔立ちに体つきだ。『リツ』という名では判別がつかない。その子は俺と目が合うとちょこっとお辞儀をし、坂木に返事をした。
「秀ちゃん、もうすぐあがりでしょ?俺、暇だったから迎えにきちゃった。雑誌でも読んで待っててもいい?」
ニッコリと笑った顔も随分と可愛らしい。…が、今『オレ』って言ったな、この子。
「あと15分位だから。迎えに来るなんて、夢にも思わなかったよ、マジ嬉しい。とりあえず、後で、な。」
坂木もニコニコと答えて、軽く手を振る。 『リツ』という子も小さく手を振って、雑誌コーナーの方へと足を向けた。

 「・・・彼女か?」
率直に聞いてみた。話の内容からして、この後デートするのは間違いなくこの子が相手だろうから。 でも、『オレ』って言ってたと思うんだが。
「へ?男っすよ、律は。でもまあ、彼女というかなんと言うか、そういう感じです、えへへ。」
坂木はヤニ下がった顔で言う。彼女じゃなくて、彼氏って事か・・・。
「でも可愛いっしょ、あいつ。」
 あっけらかんとすごい事を口にした坂木。あの子もそんな事を気にしている感じはしなかった。俺なら・・・絶対言えないし、学もこんな風に誰かに話したりしていないだろう。 いや、もしかしたらあの『リツ』って子みたいな彼氏であるなら、学も人に紹介したりするのかもしれない。俺なんかと比べたら失礼な程可愛いし、素直な感じだ。 俺はあんな風に学に笑った事があっただろうか。きっと学の横に並んでも引けをとらない容姿だと思う。学は男も付き合った事があると言っていたが、 あの子みたいないわゆる美少年タイプと付き合ってたんじゃないかと俺は思っている。なのにどうして俺なんだか・・・。
「・・あ、ああ、そうだな。」
色々な事が頭によぎって、返事のタイミングがずれてしまった。
「あ、ひょっとして有栖川さん、ダメっすか、こういうの。なんでか平気そうな気がしてて、思わず言っちゃいました、すみません。」
頭を掻きながらちょっと気まずそうに坂木は言った。どうやら返事につまった俺を勘違いしたらしい。 しかし、平気そうって・・・確かに平気だし、今現在まさしく俺自身も張本人である訳だが。
「いや、そういう訳じゃない。ちょっと別の事考えてて・・・。」
「分かった!有栖川さんも彼女の事でも考えてたんじゃないっすか?今度紹介して下さいよ〜。」
「え・・・あ、ああ・・・。」
思わず答えてしまったが、そんな事は絶対あり得ないだろう・・・。



 先にあがった坂木の後、30分程一人で店を任される時間になった。その間も俺は悶々と考えてしまう。そそくさと店を後にする坂木にあの子も嬉しそうに付き従っていった。 二人の背中を見れば、明らかにカップルだと予想がつくだろう幸せオーラと二人の距離の近さ。俺は外で学とあんな距離で歩いている事なんて、絶対にあり得ない。
 はたから見たら俺たちはどんな風に見えているのだろう。友達というには明らかに見た目の雰囲気が違うだろうし、兄弟に見えるはずも無い。 学も、女や見栄えのする男だったらもっと距離を縮めて、はたまた腕を組んだりして歩いていたんだろうか。もし俺が万が一でも街中で腕とか組んだりしたら、学はどうするんだろう。 驚いて振り払うだろうか、それとも喜んでくれるんだろうか・・・。そんなあり得ない妄想をしてしまう自分にぐったりしかけていた。
 そんな事、俺が出来る訳が無いし、絶対にしない。





 学生の俺が休みだろうと、一応社会人の学には関係無い。普段と変わらずに忙しそうだ。 それでもまめに連絡もくれるし、メールすればちゃんと返事も返ってくる。そういうとこはちゃんとしてるんだよな。
 10日ぶりに学に会える。バイトに入る前にチェックしたメールに『今日は一日家にいるから、いつでも遊びに来い』と入っていた。
色気もそっけも無いメール、いつもの事。
本音を言えば、やっぱり出来るだけ会いたいと思うし、寂しいと思う事もある。でも自分は絶対そんな事言えないし、素振りも出せない。 いつも平気な顔をして、必死にポーカーフェイス。学はこれでもいいんだろうか。こんな素直じゃない俺に満足しているんだろうか。
この間坂木とその彼氏だというあの子の姿を見てから、俺は何だかモヤモヤしたものを胸に抱えていた。



 「透真、何かあったのか?」
 バイト帰りに学の部屋に寄った。二人で軽くサンドイッチをつまみながらリビングのソファでおしゃべり。 そこまではいつもと変わらないけど、どこかぼーっとしていたらしい。真っ直ぐに俺を見つめてくる学の瞳から俺はふいと目線をそらした。
「・・・なんでもない・・・けど。」
「けど、ってなんだ。やっぱり何かあったんだろ?お前、すぐ顔に出るから嫌でも分かるぞ。」
学は問い詰めるでもなく、煙草に手を伸ばし、火をつけた。目で吸うか、と合図をくれたが、俺は無言で首を横に振る。 学の大きな手が俺の髪を優しく梳く。

 「・・・・・・あのさ、俺可愛くないだろ・・・。」
ぼそりと出たのはそんな言葉だった。口にしてからしまったと思った。何て事言ってんだ、俺。ちらりと学の顔を伺うと、不審な顔で俺を見ている。
「何だ、それ。そんな事百も承知だ。」
「ならどうして、俺なんかと付き合ってんだよ。俺みたいな可愛くないのと付き合ってたって何もいい事無いだろ。」
思わずトゲのある口調になる。どうして俺を選んだんだよ・・・。
「好きだからだ。それ以外にいるのか、理由。」
煙草の煙を吐き出しながら、事も無げに言われた。意味が分からない。
「いい趣味してねえな、可愛くないのがいいなんて。」
皮肉交じりにそっけなく返す。
「・・・なあ、好きな女でも出来たのか?」
「はあ?」
どこをどう勘ぐったのか、学は突拍子も無い事を言い出した。どっからそんな思考につながるんだよ。俺は文句を言おうとした。そんなんじゃない、違うって。
「もしそうなら早めに言え。俺にとめる権利はねえ。もともとお前は違うしな、俺とは・・・。」
俺の方を見ようともせず、学はそんな事を口にした。

 違うってなんだよ。俺は学の事好きじゃないって言いたいのか。・・・よく考えてみたら、学に好きだとは言われているが、自分から言った事が無いような気がする。 でも、分かってるんだろ、俺の気持ちなんて。それなのにこんな事言うのか。思わずかっとなって口をついた言葉はこれだった。

 「俺、帰る。」

 自分の荷物をひっつかみ、早足で部屋を飛び出した。学が追ってくる気配は無い。ほっとしたような、がっかりするような複雑な気分。 あんなにあっさり俺を手放せるのか。それが大人の付き合い方だと言われてしまったらおしまいだ。学の言葉が俺の中でぐるぐると回る。
 もし学が他の人を好きになって、そう言われて、その時俺はどうするんだろう。多分、そうか、って言って気持ちを抑えたまま引き下がってしまうだろう。 学の反応と大して変わらないと自分でも思う。それできっと一人で泣くんだ。
 俺を捨てないでくれ、って泣きついたら少しは俺を可愛いと思って、哀れに思って思いとどまってくれるんだろうか。 それともそんなみっともない事するようなウザいヤツだと思わなかったと幻滅されるのだろうか。