可愛くないのが 3




 車内では二人とも無言だった。未だ顔の火照りが納まらない俺は窓の外を眺めるふりをして、学と目を合わせないようにしていた。幾つ目かの赤信号で停止した時、学がおもむろに口を開いた。
「ほんとにお前は素直じゃなくて、意地っ張りで、可愛くないな。」
俺はその言葉にズキッと胸の痛みを覚えて、思わず学の方へと振り向いた。きっと情けない顔をしている。泣きそうな顔をしていたかも知れない。
「そんな顔すんな。」
やっとこっちを向いたと頬を優しく撫でられる。俺を見つめる学の優しい眼差し。それにほだされるけれども、口をつくのはやっぱり悪態。
「…なんで連絡してこなかったんだよ…。バカ…。」
「急な強行イタリアロケ。今日の昼、戻ってきた。お前が拗ねてると思って迎えに来たんだ。」
俺の顔を覗き込みながらいつものニヤニヤ顔。
「拗ねてなんかねぇ。」
「嘘だよ。透真の顔が見たかった。会いたかった…。」

 いつになく真剣に言われた言葉だった。

 学の部屋の玄関に入った所で思い切り抱きすくめられ、そのまま貪るようなキスをされる。
「ンっ…いきなりなに…すん…だ………。」
キスの合間に何とか言葉を紡ぐ。学に縋るようにしていないともう俺は立っていられなかった。
「お前を抱きたい………。」
抱きしめられた腕に力が篭るのが分かった。耳元に囁かれる甘い台詞。それでも流される訳にはいかなかった。胸のトゲはまだ刺さったままだ。学の胸に顔を埋めながら聞いてみる。
「………好きなヤツが出来た…って言ったら、お前はどうすんだ…。」
沈黙が二人の間を流れる。学のジャケットの袖をつかんだ俺の手は小刻みに震えていた。突き放されるのを恐れて、この温かい腕を失うかもしれないと心が寒さに震えるのと同調(シンクロ)するように。
「………そいつが男だったら、何がなんでも渡さねえ。そいつブチ殺してでも、お前を監禁してでも俺のものにしておく。でも女だったら…。そうだな、お前の幸せを一番に願って、俺が透真をそうしてやれる存在に成れなかった事が悔しくて。……きっと、お前を手放した後、一人で泣くんだろうな。」
前半は大分物騒な言葉だったがそれは聞かなかった事にしておいた方が良さそうだ。でも言い表しようのない安堵感が俺の胸を溶かしていく。
「ああ、でも分かんねえ。俺を捨てないでくれ、置いていかないでくれって追い縋るかも知れないな。」
密かに笑いを含んだ声音でそんな事を囁かれる。
「…みっともねぇ。いい男が台無しだぞ…。」
みっともなくなんて無い。そんなはず無い。俺なんかの為にこんなに心を砕いてくれて、気持ちを向けてくれて、そうしてされる事が格好いい以外の何があると言うんだろう。
「……させない。そんな事…。」
学の背中に腕を回す。俺から抱きしめ返して、でも恥ずかしくてやっぱり顔は見られないから、肩口に顔を埋めたまま初めての言葉を口にする。蚊の鳴くような小さな声で。
「好き………。」




 そのまま寝室へ連れて行かれ、剥ぎ取るように服を脱がされ、二人してまるでもつれ込むようにベッドへと沈む。どちらともなく深い口付けを交わし、お互いに熱い肌を確かめるように抱き合う。学の手が俺の胸を弄る。その刺激で自分のモノがさらに熱く、硬くなっていくのが分かった。それが恥ずかしくて身をよじるようにして身体をずらそうとしたが、学にがっちりと抱きこまれていてそれは叶わなかった。
「逃げんな…。」
耳元で低く囁きながら、学は俺のモノと自分のモノを一緒に握り込む。
「くっ…ァ………。」
学の大きな手に包まれて一緒に擦り上げられる。直ぐに先走りが溢れてきて、学の手を濡らす。いやらしい水音が立つ。快感で赤くなった耳にも愛撫が施される。甘噛みされ、舌が耳の形をなぞるように行き来する。俺はもうそれだけでイきそうになる。
「…ふぅ…あぁ………がくっ…んっ……。」
無意識に学の手の動きに合わせて腰が揺れる。それを見て取った学も手の動きを早めた。
「やらしいな、自分で腰振って・・・。そんな気持ちイイ?」
意地悪くそんな事を聞いてくる学の台詞も快感を煽る材料にしかならない。今日の俺は変だ。いつもならもう少し我慢が利く。ここで悪態の一つでもつくのがいつもの俺なのに・・・。
「イイっ…あっ…ン……。」
俺の言葉に学のモノがびくんと大きくなったのが伝わってきた。その刺激に体が跳ねる。
「………ベッドの中でだけ素直ってのもたまんねぇな。」
そんな事を呟きながら、学は俺の身体を抱き上げた。鼻先に軽く音を立ててキスをされたと思ったら、学の胸に身体を預けるような体勢に抱きこまれる。学の心臓の音が聞こえてくる。少し早くなっている鼓動。そして薄っすらと汗を滲ませた学の匂い。ああ、学も興奮しているんだと思うと何だか安心する。背中に腕を回し、身を委ねた。学はそんな俺を抱きしめ返してくれる。優しく頭を撫でながら。
「お前だから…透真だから何でも可愛いと思っちまう。重症だな、俺も…。」
「…可愛くねえって…言ってたじゃん……。」
「馬鹿だな…。」
ふっと頭の上で学が笑う気配がした。
「はっ……や…ぁ……。」
腰のラインをなぞられ、いつの間に手にしていたのか、尻の間にローションを垂らされた。その冷たさに思わず大きな声が漏れてしまう。
「可愛くねえとこが可愛いんだよ。」
「意味…分かん…っく………ぁあ……。」

 そんな事を言いながら学は俺の中に指をねじ込んできた。解すようにかき回される。俺は必死に目の前の身体にしがみつく。
「ほら…もっと力抜け。」
また前に手を回され、緩く扱かれる。抑えられずに鼻から抜けるような甘い吐息が漏れてしまう。ゆっくりと時間を掛けて身体を溶かされる。もうとっくに思考は働かなくなっていた。再度抱えあげられ、学の膝の上に座り込むような体勢をとらされる。そして腰を掴まれ、学の屹立したモノの上に腰を下ろされた。
「…はぁっ……く…ぅ…。」
踏ん張りのきかない膝に何とか力を入れてゆっくりと促されるまま腰を下ろしていく。いきなり学が俺の乳首を舐め上げ、軽く歯を立ててきた。その拍子に膝から力が抜け、学の全てを飲み込んでしまう。
「ァ…んっ………あぁっっ…。」
その衝撃に背中が弓なりに反る。学がその背中を支え、下から突き上げてきた。
「とうま……く…すげー締めつけ…。」
「はっ…がくっ……あっっ…ぁ………が…く…ぅ……。」
『好き』なんて何度も言えない。さっきの一回が俺の限界だ。その代わりに俺は学の名前を呼ぶ。目の前にある学の頭を抱えながら、何度も…『好き』という気持ちを込めて…。ふと後頭を掴まれて、下を向かされる。覗き込むような深い眼差しが俺を見上げている。
「もっと…俺のこと呼んで……お前の声で聞かせてくれ…。」
まるで俺の思いが分かるかのように催促される。
「ぅン…がく……。」
深く舌を絡ませながら、その合間に俺は名前を呼ぶ。そのまま激しく揺さぶられて絶頂に達した。



 その後もバスルームに連れて行かれて、そこでもまた愛されて、ぐったりしたままベッドに沈み込んだ。隣には当然のように学がいる。
「好きだよ。愛してる、透真。」
「そんなの知ってる。」
心地よい腕枕に身を委ねて、いつものそっけない返事。
「お前からは言ってくれないのか?」
「……1年に一回位なら言ってやってもいい。」
体が揺れた。学が笑ったからだ。
「じゃあ今日は貴重な一回って事か。まあ、無理やりにでも言わせてやるけどな…ベッドの中で。」
最後の言葉は耳元で低く囁かれた。まだ熱が冷め切って無い俺の身体はビクンと大げさな程反応してしまう。
「勝手にしろっ!もう眠い、寝かせろ。」
それが絶対にバレてるだろうことが悔しくて、そっぽを向いて学から身体を離そうとしたらそれは叶わなかった。
「ああ、勝手にするよ。」
そう言いながら俺を腕に閉じ込めた。髪を梳く優しい手が下りてくる。気持ちいい…。俺はそのまま眠りに落ちていった。





 「がく…。」
小さな呟きとともに透真が俺に擦り寄ってきた。その身体をより近くに抱き寄せてやる。付き合った相手にこんなに振り回された事は無かった。いままでの付き合い方が嘘のようだ。イタリアでの仕事中も透真の事が気になって仕方が無かった。帰りの飛行機の中で何とか睡眠を確保して、無理やりのように迎えに行った。こんな年下の恋人に振り回されるのも悪くないと思ってしまう自分がいる。腕の中で眠るこいつがほんとに可愛いと思う、愛おしいと思う。俺にだけムキになったり、真っ赤になって怒ったり、寂しそうな顔したり、たまに素直に甘えてきたり…。
「可愛くねえとこが可愛いってのは、俺にしか分かんねぇんだろうな。」
俺は透真の額にかかった髪を掻き上げ、その額にキスをした。
 「おやすみ。」






シャム猫シリーズ第2作目でした。ロマンチカみたいにどこもかしこもホモだらけでも いいじゃないか、と思い、2カップル登場させてみました。
(back ground:『NEO HIMEISM』様)


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