さりげない朝を 1




 「そういえば、あのイケメンモデルと付き合ってんだって?」
「はぁっ!?」
何の前触れも無く唐突に平山に言われて、思わず素っ頓狂な声が出た。
「別に隠さなくてもいいじゃん。」
妙に悟ったような調子で付け加えられた。オマケに俺の肩をぽんぽんと叩いて、まるで分かってるから、とでも言うように。
「付き合ってねえよ。てめえ、何勝手なこと言ってんだ。」
「またまた〜。この前のお迎えシーン、俺が忘れたと思ってんの〜。」
苦虫を潰したような顔で返した俺を平山は完璧に無視だ。更に話を続け出す。
「あのルックスだし、デカいし、やっぱ『攻め』だよな〜。」
「………なんだ、それ…。」
怪訝な顔で問い返すと、平山は得意気に語り出した。
「男同士で抱く方が『攻め』、抱かれる方が『受け』っつーんだ。最近、巷では男同士のカップルをBLってんだぞ。」
全部由里ちゃんからの受け売りだけどな、と平山は付け足した。
 百地のせいか…平山がこんな事に詳しくなってんの。
「実はさ、由里ちゃんに漫画とか見せてもらったんだけど、けっこー面白かったぜ。」
「…漫画なんてあんのかよ。」
俺がせいぜい知ってるのは、いわゆる男の裸が載ってるようなホモ雑誌とかエロビデオ位で、それだって話に聞いた事しかなくて、実際にお目に掛かった事はない。
「それがさ、女の子向けなんだと。だから見目麗しい王子様みたいな美形の兄ちゃんたちのハラハラドキドキ恋愛模様、みてーな。」
やたら楽しそうに話す平山に聞いてるこっちは余計にげんなりする。
「でもよ、結構エロシーンとか激しかったりすんだぜ。男向けのエロ漫画並。」
「んなもん、女が読んでどうすんだ。」
「いやー、それは俺もよく分かんねえけど、楽しいらしいぞ。」
下品な笑いを浮かべてから俺の顔を伺うようにして続ける。
「そんな訳で、学さん、だっけ?あのイケメンモデルが攻めって事は必然的に透真が受けって事になるだろ。ひょっとしてもうヤっちゃったかな〜、とか。」
「ヤってねえよっっ!!!」




 自分の部屋でベッドにもぐりこんでから、今日の会話を思い出していた。
(やっぱ、普通に考えてそうだよな……。)
男ならやりたい、とか考えるのは普通なんだとは思う。ぶっちゃけ、俺は性欲が強い方じゃない。でも、まあ、そんな俺だって経験はあるし、ヌく事だってある訳で。


 予想通りと言うか、やっぱり高かった腕時計のお返しに何かしなければいけないと訊いた時の事だった。
 あれから何度か学の部屋に行った。外で会うと色々と面倒だとか、そんな事を思ってた俺の気持ちを察してなのか、時間が合えば学の部屋で会うようになった。学は、その方が二人っきりで誰にも邪魔されなくていいだろ、何て言ってたけど。
「あのさ、これすっげー高かったんだろ。俺、こんな高いモンは無理だけど何か…欲しいモン、とか…。」
そんな事をしどろもどろに訊いてみた。そっぽ向いたままだったけど。それで学がどう思ったのか知らないが、やたら上機嫌になった。
「可愛いこと言うのな。」
蕩けそうな甘い笑顔にどきりとする。学はこんな見た目の割には気さくだし、俺の方がよっぽど無表情で無愛想だという事にこういう顔をされると気付かされる。
「……可愛いとか言うな、バカ…。」
恥ずかしくなって、座っていたソファから立ち上がろうとしたら、腕を掴まれて強く引かれた。
 気が付けば、学の胸に抱き込まれていて、その温もりに更に頬が熱くなる。
「は、離せよ……。」
小さな声で抗うのが精一杯で、跳ね除ける事なんて出来なかった。
「可愛いこと言うお前が悪い。」
勝手な事をほざいて、学は俺の顎を掬い上げてキスしてきた。
 柔らかい感触。無理矢理された訳でも無いのに、体は動かない。合わせるだけのものから柔らかく下唇を食まれ、一瞬離れたと思ったら、薄く開いた隙間から舌を入れられた。
「…っん、ふ……。」
舌を絡め取られて思わず鼻から抜けるような掠れた声を漏らしてしまう。顎に添えられていた手はいつの間にか俺の背中を抱き締めていた。俺も離れ難くて、つい縋り付くように学の袖を掴んでしまう。
「透真………。」
キスの合間に甘い声で名前を囁かれて、堪らなくなる。
 ふと下肢へと手が伸びてきて、ジーンズの上から撫でられた。驚いて身を引こうとしたが、背中に回された手は確りと俺を抱き締めている。

「キスだけで感じてくれてんの。」
唇を離して、耳元でそんな事を囁かれて、恥ずかしくてしょうがない。
「ばかっ、よせって……。」
腕を突っぱねて引き離そうとするが、力の入らない俺の抵抗など簡単に封じられてしまう。
 学は片手で器用にジーンズのホックを外し、ジッパーを下げていく。下着の中に手が潜り込んできて、思わず身体を硬くする。
「やめ……っ、んんっ………。」
再び唇を塞がれて、抗う言葉は呑み込まれた。さっきよりも深く重ねられ、強く舌を吸われて、背筋をゾクゾクとしたものが走る。やばい、気持ちいい……。
「透真も、いいか…。」
尋ねられた所で答えられるはずもない。口を開いたら変な声が出ちまいそうで、必死に耐えているのに。
「俺も気持ちよくしてくれる?」
甘く強請るような口調でそんな事を言って、学は俺の手を自分の下肢へと導いた。そこはパンツの上からでもはっきりと分かる位に形を変えていた。それを感じて、鼓動がより早くなる。学も感じてくれてるんだと思うと、どこかほっとした自分がいた。学は自分で前を寛げて、直に触れさせる。
「…がく……。」
学のモノを握っている俺の手に、学は自分の手を重ねてきた。促されるまま、俺は学のモノを強く握り、扱いていく。俺のを弄っている学の手も速くなって、追い詰められるようにして高みを目指す。
「一緒に……っ、とうま……。」
「……く、ぁ……っ…ん………。」
低く掠れた声で言われて、俺は学の手の中に放ってしまった。

 しばらく射精の余韻に浸るように、弛緩した身体を学に預ける。自分でするのとは全然違う。色んな気持ちが高まって、心も身体も満たされる感覚。でも、終わってみれば物凄い恥ずかしさが襲ってくる。学はおもむろにローテーブルの上にあったティッシュをとり、俺のモノを拭おうとしたのを慌てて止めた。
「い、いいって、自分でする!」
「そうか?」
事も無げにそう言って、学はあっさりと手を離した。再びティッシュに手を伸ばし、今度は自分のモノと手を拭った。身支度を整えても俺は気まずくて仕方が無かったのに、学は俺の頭を抱き寄せるようにして、「可愛かった」とかしれっと言い放って、それで俺は捕まった腕から逃れようともがいてみたりして。




 そんな事ならついこの間あったのだ。いわゆるBまで、になるのだろうか。学はそこから先へは進まなかった。いや、進めなかったのかも知れないけど。
 学は俺を抱きたい、とか思っているんだろうか。そう思ってくれていた方が嬉しいとは思うものの、不安もあるというのが本心だ。いや、だって俺の発想からして自分が学を抱く、ってのは無いし、平山の言っていた事態の方が容易に想像がつくんだから。
 でも、ただ流れに任せるだけ、ってのも男としてどうなんだとか、俺から聞くのもやっぱりおかしいだろうとか、そんな事を悶々と考えているのも馬鹿らしいとは思うんだ。