さりげない朝を 3




 シャワーを浴びてバスタオルで体を拭きながらちらりと学が用意してくれた寝間着を見やる。ご丁寧に下着まで用意されている。明らかに新品だけど…。それを着けるのは何だか躊躇われて、Tシャツとジャージだけを身に着ける。
 やっぱり少し、いやかなりサイズは大きい。ちょっと悔しさを覚えながらも、Tシャツを被った時にふわりと香った匂いに一瞬、動きが止まる。抱き締められた時に感じる、まだ慣れたとは言えないはずの匂い。気持ちが安らぐようで、思わず目を閉じて大きく深呼吸をした。
 そんな事をしている自分が照れ臭くて、雫の垂れる髪を乱暴に拭いながらバスルームをあとにした。


 「飲むか?」
リビングに戻ってきた俺の姿を目にして、学は俺の方にワイングラスをかざした。
「あんま、飲んだ事無いんだけど…。」
学の持つグラスには深い赤色をした液体が満たされている。酒が飲める歳になって一通りのアルコールを試してみたが、ワインはあまり得意じゃないと感じた俺は専らビール派だ。
「これ、俺の好きなやつなんだ。飲み易いから一口、試してみたらどうだ?」
学の好きなワイン。それを聞いて心が動いた。
「……じゃあ、もらおっかな…。」
そう答えてソファに腰を下ろすと、既に用意されていたグラスにワインが注がれる。
「どうぞ。」
学はテーブルの上を滑らせて、俺の前へとグラスを差し出す。さり気ない仕種も様になっていて、ホストでもやったら直ぐにナンバーワンになるんじゃないか、なんてくだらない考えが頭を過ぎる。
 グラスを手に取り、ゆっくりと傾けて一口、含んでみる。あっさりとしていて、ワインがぶどうから作られているんだと、きちんとした果実の甘みが口の中に広がっていくので分かる。あとに残る渋みも嫌な感じじゃない。前に飲んだのは居酒屋で出された安いものだったから、それと比べたら悪いような高級品なんだろうと思う。そう分かる程度で、味の良し悪しは俺には分からない。
 微妙な顔をしていたんだろう俺を見て、学は苦笑しながら言う。
「いまいちか?」
「いや、うまい…けど、ビールのがいいかも……。」
正直な感想を口にすると、
「次からは用意しといてやるよ、ビール。」
と笑みを深くして学は言った。俺は偉そうにも、しょうがねえな、と返事をする。

 慣れないアルコールのせいか、酔いが回るのが早い気がする。それとも自分が思っているよりも飲んでいるのだろうか。他愛も無い会話。程好い間が心地良くて、ついつい酒に手が伸びる。学にあんな悪態をついておいてなんだけど。
「酔ってんじゃねえの?首、赤くなってる。」
ふいに首筋に手が伸びてきて、俺はびくりと首を竦めて身を引いた。指摘されて、触れられて、急に酔いが回ったかのように身体が熱くなる。頬も一気に赤くなった気がして、思わず顔を背けた。
「酔ってねえよ。」
言い返したものの、鼓動がどんどん早くなっていく。首筋に這わされた手の平から伝わる暖かな体温。
「そんな可愛い顔すんと、襲っちまうぞ。」
直接的な言葉に頭がカッと熱くなった。顔を背けるだけじゃなくて、体を捩って学に背を向けた。無言で訴えるのは、決して否定じゃない。俺だって何も考えて無かった訳じゃないし、嫌だったら泊まったりなんかしないんだよ。分かれよ、馬鹿……。

 背後から柔らかく抱きすくめられる。ふわりと鼻腔を擽る、学の匂い。
「抱いてもいいか?」
笑みを含んだ声で囁かれた。ただそれは愛おしいとか、甘やかしたいとか、そういうのを含んだ声音で。
「………勝手にしろ。」
学の腕の中で下を向いて、わざと言い捨てるように小さく呟いた。



 寝室へと誘われて、二人してベッドに潜り込む。抱き締められて、キスされる。今までもあった事だけど、ベッドの上でするのは何だか特別な気がして恥ずかしさが増す。
 最初は啄ばむようなキス。段々と深くなっていき、舌を絡め取れ、優しく吸われる。
「ん、ふっ……。」
甘えるような鼻に掛かった吐息が漏れる。キスの間も学はずっと髪を梳くように俺の頭を撫でていた。もう片方の手はTシャツの裾へと伸ばされて、捲り上げるように腹から胸へと撫で上げる。
「…ぁ………。」
キスの合間に抑えきれずに声を上げてしまう。促されるままTシャツを脱ぐと、学は体を起こして俺の腰を跨ぐような格好で自分もTシャツを脱ぎ捨てた。  キスの余韻を残して、その姿をぼーっと見ていた。いや、見惚れていた、のかも知れない。さすがにトップモデルは違う。完璧なまでに均整の取れた体。男とか女とか、そういうのを超越していて、単純に綺麗だと思った。
「そんな見惚れる程いい男か?」
笑いながら言われて、ふと我に返った俺は顔を背けて枕に埋める。
 こめかみ辺りに感じる視線。でもそれは口調のように揶揄を含んだものではなく、慈しむような優しい目を想像させるもので。
「……いつまで見てんだよ…。」
小さな声で反論してみる。心地良い重みと共にふわりと抱きすくめられる。
「わりぃ、あんま可愛いんで見惚れてた。」
囁かれた甘い声が耳を擽る。耳朶を優しく食まれて、思わず首を竦めた。耳の中に舌を這わされて、痺れるような快感が背筋を走った。キスだけでも兆し始めていたモノが耳への愛撫で更に形を変えていく。
「やめ、……はっ…。」
学の頭をそこから退けようと手を伸ばすが、やんわりと手を取られ、シーツに縫いとめられた。執拗に這い回る舌に頭も身体も溶かされていくようだ。

 耳への愛撫はそのままで、学は空いた手で首筋から鎖骨へ、胸から腹へと指先を滑らせていく。触れられた所がより熱を孕む。その手がゆっくりと俺のジャージの隙間から下肢へと潜り込んだ瞬間、学は手を止めた。それではっと思い出す。風呂あがった後に何となく悪い気がして下着を着けずにいた事を。
「…そそる格好だな。期待してくれてたのか?」
「っんなんじゃねぇ…よっ……ばっ…んんっ。」
既に勃ち上がっていたモノを握られて、言い掛けた言葉を呑み込んだ。大きな手に包み込まれて、ゆっくりと擦り上げられる。鎖骨にねっとりと舌を這わされ、強く吸われる。甘い痛みが広がって、学の手の中に包み込まれたモノもびくりと跳ねた。徐々に強く、速くなっていく手に煽られる。
「も…やばい……学…。」
学の腕に縋るようにして訴えると、学は俺の胸元へと顔を埋め、ソコを軽く吸い上げるようにしながら、俺のモノの先端を指先で擦る。その刺激に耐えられず、俺は学の手に放ってしまった。
「…ふ……ゥ…。」
一気に弛緩した身体。太腿辺りに絡まっていたジャージを脱がされるが、力が抜けていてされるがまま。学の二の腕を掴んでいた手も力が抜けて、目元を覆うように腕を下ろした。
 学は寄り添うように横たわると、俺の身体を自分の胸元へと抱き寄せた。
「そのまま力抜いてな。」
つむじ辺りから聞こえる優しい学の声。背中に回されていた手が下へと伸びていき、指先がそっと後ろを擽る。恥ずかしさと不安を拭い去ろうとして、俺は学の背中に腕を回した。いつの間に用意したのか、何かローションのようなものをマッサージするみたいに塗り込めていく。
「…ぁ……っ…。」
指先に力が込められ、ナカに入ってきたのを感じて小さく声を上げてしまい、学の肩口に顔を埋める。
「痛くねえか…?」
片方の手は俺をなだめるように腰を優しく撫で擦る。微かに頷くと、学は再びゆっくりと指を進めてきた。塗り込まれたもののせいか、異物感はあるが痛みは無い。それよりも猛烈に恥ずかしくて、居た堪れなくなる。学の背中に回した腕にぎゅっと力を込めて、しがみ付く。
 指を出し入れされて、ゆっくりとナカを掻き回される。その感覚に腰を捩った。
(……学のも勃ってる……。)
向かい合わせで抱き合っているから、腰を捩った拍子に太腿の付け根辺りに学の硬くなっているモノが当たった。それが分かったのか、学は緩く腰を揺らす。布越しに伝わる学の熱さとナカを解す指に身体はどんどん昂っていった。



「……ん……はぁ………。」
たっぷりと時間を掛けて俺のナカを解していた指が引き抜かれて、思わず声を漏らした。後ろ向きになるように促されて、俺は上半身をシーツに付け、枕に顔を埋めた。布が擦れ合う音とかさりと何か乾いた音が耳に届く。多分、ゴムのパッケージを開ける音だろう。思わず枕の端を握り締めた。
「ほんとなら顔、見たいんだけどな…。こっちのがラクなはずだから……。」
後ろから抱き締められて、項に囁かれる。握った手に学の手が重なる。背中越しに感じる学の鼓動。
 顔なんか見なくていい。むしろ見ないで欲しい。こんな風に煽られて、自分がどんな顔をしてるかなんて想像もしたくない。
「…透真……。」
甘い声で名前を呼ばれた途端、尻の間に屹立を宛がわれた。ぐっと腰を突き上げられるような感覚と共に、学がゆっくりと俺のナカに入ってくる。指とは比べ物にならない程の圧迫感に襲われて身体が震えた。
「愛してる…。」
耳元で囁かれる低く、少し掠れた声。汗ばんだ学の胸がぴったりと吸い付くように俺の背中を覆っている。重ねられていた手が離れていき、俺の前を握り込んだ。
「あっ……。」
声を上げて愛撫を受け止める。ゆっくりと扱かれて、強張った身体の力が抜けていく。それに合わせるようにして、学はじりじりと腰を進めてくる。
 違和感と快感をいっぺんに与えられて、頭も身体も蕩けてしまう。腰を揺らされると、まるで波間を漂っているような錯覚に陥る。
「……は、ぅ…ん……あ…。」
声をかみ殺そうとしても、抑え切れない。
「透真…好きだよ、愛してる…。」
耳に吹き込まれる声はそのまま脳に直結して、俺を堪らなくさせる。
「学…ぁ……がくっ…。」
シーツを握り締めてもがきながら、学の愛撫を受け止める。この気持ちを教えてくる相手を確かめるかのように名前を呼びながら。
「イけそうか……透真…一緒に、な。」
激しさを増していく抽挿と前への愛撫は、恥ずかしいとか苦しいとか気持ちいいとか、ありとあらゆる感情を心の底から湧き起こさせるようで、もう何も考えられない。
「ぅあ……ァ、ああっっ……ふ、ぁ………。」
「とうまっ…くっ……っ…。」
そのまま溺れるように、俺の意識はゆっくりと沈んでいった。





 ……あったかい。
 ぼんやりとした頭で最初に感じたのは、心地良い温もりだった。小さく身動ぎをすると、
「目ぇ覚めたか?」
優しい声と共にやんわりと抱き寄せられた。
 どうやら俺はあのまま寝入ってしまったらしい。薄っすらと目を開けると、学の裸の胸が目に入る。
「おはよう。」
学は俺の前髪を後ろへかき上げて、露わになった額にキスを落とした。
 顔は上げられない。それは恥ずかしいから。でもこの温もりからは離れ難くて、俺は俯いてぼそりと返事を返す。
「……おはよ…。」
「体、大丈夫か?」
そんな俺の様子を意に介さず、学は優しく俺の頭を撫でながらそんな事を訊いてくる。
「知るか、ばか……。」
「そうか、それなら良かった。」
学が笑うと、それに合わせて俺の体も微かに揺れる。
「……何が、良かった、なんだよ…。」
「悪態付く位の元気はあるって事だ。でも、まだ体動かすの辛いだろ。」
「別に…平気、だけど…。」
そう答えたものの、腰から下に何かが覆い被さっているような重さと動き難さは感じていた。
「俺がこうしてたいんだよ。」
裸の肩を抱かれ、学の指が俺の髪を梳いていく感触に思わず目を閉じる。
「………もう少しだけ、だぞ…。」
学の腕の間にすっぽりと収まるように身を委ね、おずおずと背中に腕を回した。

 明るくなり始めている部屋の気配を感じながら、俺は学の温もりと匂いに包まれて再び眠りに落ちた。





 やっと書けました、シャム猫シリーズの初H話。いや〜、甘いですね、砂糖吐きそうな位(笑)。でもツンデレはからかわれて、そして甘やかされてナンボだというのが私のモットーなので、こんな感じでいいんです。
(back ground:『NEO HIMEISM』様)


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