緒川さんはそこまで言うと眠ってしまった。フラれたのは分かった・・・。しかし、今の最後のは・・・。恋人が彼女じゃなくて、彼氏だったって事か?!俺はちょっとしたパニックになりながら、このまま緒川さんを放っておく訳にもいかず、お勘定を済ませ、とりあえずタクシーを捕まえて半分寝たままの緒川さんと乗り込む。
「緒川さん、家はどこですか?」
「・・う〜・・・ん・・・・わかんない・・」
はあ、これじゃ駄目だ。俺は自分のマンションの住所を運転手に伝えた。隣で眠り込んでいる緒川さんの顔を見ながら、ちょっと切ない気分になった。眼鏡が『本心が見えないようにする道具』だと言っていた。相手の男にもいつも笑って、ニコニコと世話を焼いていたんだろうか。辛い時に頼れるような相手ではなかったのだろうか。何だかよく分からないけど相手の男に腹が立った自分がいた。
ひとまず家に辿り着いて、俺は緒川さんをベッドに寝かす。普段は感じなかったが、こうやってほぼ背負うようにして帰ってきてみて、緒川さんの身体が思ったより軽く、小さかった事に気付いた。とりあえず緒川さんは寝てしまっているようだし、この間にシャワーでも浴びてこようとベッドから腰をあげた。
「・・・・・・・うぅ・・ん・・・・・」
その振動で目が覚めたのか、頭を押さえながら緒川さんが目を開けた。
「大丈夫ですか?水、飲みます?あ、ここ俺の部屋です。緒川さん、住所教えてくれなかったんで、送れませんでしたよ。」
苦笑しながらペットボトルの水を手渡す。緒川さんは身体を起こしてそれを受け取った。
「ごめんね、迷惑かけた・・・。大の男がフラれた位でこの醜態。楠君はこういう大人になっちゃ駄目だよ〜。」
もういつもの調子に戻っている。この人は今までどれだけ色んな事を我慢してきたんだろう。こうやって皆に気を遣わせないように、そして自分の気持ちを隠すように・・・。俺は思わず抱きついた。緒川さんの手からペットボトルが落ち、床に水が零れる。
「どうしたのっ!?楠くん大丈夫??」
「そんな無理しなくていいです。俺には本心見せていいんです。俺は嫌いになったりしませんから!」
自分で口にして俺ははっとした。俺、この人の事が好きなんだと。様子がおかしいのに気付いたのだって俺の目線の先にはいつも緒川さんが居たから、相手の男に腹が立ったのも緒川さんにあんな悲しそうな笑顔をさせたから。
「ありがとね、気遣ってくれて。僕目が覚めたから帰るよ。」
そう言いながら俺の背中をぽんぽんと叩く。このまま帰したら、また明日から同じ状態に戻ってしまう。
・・・俺だって少しは酔ってんですよ。
「いやです、帰しません。だって俺、緒川さんの事好きだから・・・。」
「・・・・・・・・ちょっと待て?何でそうなる??落ち着っ・・ンっ・・・・・」
俺はいきおいのまま唇を押し当て、ベッドに押し倒した。緒川さんも俺も酒が入っているせいか、触れた部分がとても熱く感じる。唇も、抱き合っている身体も。キスをしたまま緒川さんのシャツのボタンをはずし、今度は首筋へと顔を埋めた。
「・・はっ・・・楠君・・・・・・冗談キツい・・って・・・・」
「冗談なんかじゃありませんっ!!冗談で好きだなんて言えません、俺。情けない所も格好悪い所も可愛い所も、全部俺に見せて下さい・・・。」
俺は緒川さんを思い切り抱き締めた。
「・・・・・・・・・・本気にしちゃうよ?」
「本気にして下さって結構です、緒川さん。」
すると緒川さんは俺の腕の中でくすくすと笑っている。
「どうしました?俺、何か変ですか・・・?」
「こういう時は名前で呼ぶもんだよ・・・・・・・・隼人・・・。」
そう言いながら俺の頬を両手で包み込み、覗き込んでくるように見上げてくる。俺は目を合わせたまま呟いた。
「礼さん、好きです。」
そう言って、俺はキスをした。
目が覚めると俺の隣で緒川さんがまだ寝息を立てている。俺は昨日の事を思い出し、一人で慌てふためいてベッドからずり落ちてしまった。
「・・んっ・・・・・・・あれ、どうしたの?楠君。」
今の音で目が覚めたのか、緒川さんが声を掛けてきた。
「いやっ、大丈夫です!!なっ何でもないですからっ!」
下着一枚の姿でベッドからずり落ちて焦ってる俺・・・かなり情けない。そんな俺を見て緒川さんは一瞬きょとんとした顔をしたけど、そのあとすぐ吹き出すように笑い出した。
「ははっ、楠君、キャラ変わり過ぎだよ〜。昨日はあんなにスラスラ恥ずかしい事ばっかり言ってたじゃないか。エッチの時もだけどね〜、あははっ。」
「あれはっ!!!!・・・・・そのっっ・・あのっ!」
「君は酔ってるとああなる訳だ。今度から少し酒飲んでから営業行ったらどう?」
まだ笑いながら俺をからかうように言う緒川さんの顔は今まで見たどんな笑顔よりも嬉しそうで、可愛かった。
リーマンものです。ちなみに礼さんは生粋のゲイという設定なので、女性は愛せません。
私の周りにいるゲイの友達は皆楽しくて、会話が上手で、とっても面白い人達ばっかりなんですよね。
そんな人達がモデルの礼さんなのでした。
(back ground:『うさぎの青ガラス』様)