始まりは突然で 4




 「良く撮れてるじゃない。やっぱり私の目に狂いは無かったって事ね。」
自信満々で百地が言った。この間の写真が載った雑誌が広げられている。どれどれ、と言いながら平山も覗き込んできた。
「…相手が変なヤツだったけど……。」
百地の眉がぴくりと上がった。
「何言ってんのよ、いい男でしょ。トップモデルよ、学ちゃんは。」
その言葉を聞いて黙ってなかったのは平山の方だった。
「そんな…由里ちゃ〜ん。」
「いい男に決まってるじゃない。だって私の従兄弟よ。」
しれっと言い放たれた言葉に唖然とする。
「お前…先に言えよ、それ。」
「あら、言ってなかったかしら?」
ごめんなさいね、と全く悪びれる様子もなく百地は言った。この何を言っても無駄な気にさせられるのは確かに学と近いように感じる。顔立ちが似ているとは思わないが、百地も黙っていれば、それこそ美少女と言っても差し支えが無い顔をしているのだ。
「由里ちゃんの従兄弟か〜。そっかそっか、可愛い由里ちゃんの従兄弟ならイケメンだろう。」
そうだ、間違いないと一人納得の様子の平山の姿に俺は呆れるしかなかった。よしよし、とでもいうように百地は平山の頭を撫でながら、俺に話を戻した。

 「普通なら学ちゃんがやるような仕事じゃないんだけどね。今回は特別。カメラマンさんがね、直談判して。それで交渉成立したはいいけど、相手役が全然ダメで、西山さんキレちゃったらしいのよ。」
温厚そうに笑っていた年配のカメラマンの姿を思い浮かべたが、怒る様子が全く想像出来ない。あれで西山さん、かなり怖い人なの、と笑みを浮かべながら言う百地の方がよっぽど怖い気がするのだが…。
「私も前のバージョン見せてもらったけど、ダメね、お話にならない。あの服のブランドイメージに合ってなかった。駆け出しのモデルらしいけど、協調性が無さ過ぎ。学ちゃんはカジュアルな雰囲気出そうとしてんのに、そいつはまるでカメラを睨むように鋭い目線向けてたわ。学ちゃんに対しての対抗意識もあったんでしょうけど。」
百地は手厳しくそのモデルを評した。でもそのモデルの気持ちが分からないでも無い。もしモデルとして、同じフィールドに立ってしまったら、男心としては反発したくなってしまう気もする。それは多分、嫉妬とかそういった類の感情だろう。俺は違う立場だったから、あんな風に接する事が出来たのかも。それに学の方も、そんな俺だったから自然にしてくれたのかも…。
「最悪、商品写真を大きくして、人物を小さく掲載ってとこまで考えてたらしいわよ。で、西山さんは更に怒っちゃって、『学ちゃんを使っておいてそんな扱いは出来ない、そうだ、素人モデルだ』なんて言い出して。もう大変よ。あの人、言い出したら聞かないから、皆必死で探してたの。撮影日程もギリギリだっていうのに。で、私にもその話が回ってきてああなった訳。」
ちなみに法外な給料は西山さんのポケットマネーからも出たらしい。それだけ学をモデルとして使うという事に責任を感じていたという事なんだろう。勿論それは学がトップモデルという肩書きがあるからだ。あれから幾つかファッション誌を見たが、そこには全然違う顔をした学がいた。外人のすげー綺麗な女の人と絡んでいるような、ハイブランドの広告写真。

 「これ、あげるから記念に持ってなさい。編集からもらっておいたの。どうせ自分じゃ買ってないんでしょ?」
広げてあった雑誌を袋へ戻し、百地はそれを押し付けてきた。オマケも入ってるから、と意味有り気な顔で俺を覗き込んできた百地に少し訝しく思ったけど、黙ってそれを受け取った。



 どさりと自分のベッドへと荷物を投げ出した。その拍子にトートバッグから雑誌の袋が飛び出した。俺は自分でも本屋に行って、確認はしたんだ。だが、目当ての雑誌を手にして、軽く写真を見ただけで元に戻した。自分の姿を客観的に冷静に眺めるなんて真似は俺には出来なくて、恥ずかしくなって買いもせずにそそくさと本屋を出てきてしまった。
 ベッドの端へと腰を下ろし、百地から受け取った袋を開けてみる。そこには雑誌がもう1冊入っていた。オマケとはこれの事なんだろうか。
 そっちの雑誌を手にとってパラパラとページをめくるとそこに学の姿を見つけた。喋っている姿を撮った、自然な写真。俺は記事に目を移す。
 最後の最後で視線が止まってしまった。好きなタイプを訊かれている最後のページの写真。この質問をされている時に撮られたものでは無いのかも知れないけど…。
 作り物めいた顔が微笑んだ、その瞬間を切り取った写真。そこにだけ、俺の知っている学がいた。
 心臓が跳ねた。ドキドキする。まるで写真の中の学が俺に微笑みかけてくれてるみたいに感じて…。そんな訳が無いのに。
 直視していられなくなって、雑誌を閉じた。それでも早くなった鼓動はおさまらない。どうしちまったんだ、俺…。




 それから1週間。俺は家に帰ると思わずあの雑誌を開いてしまう。もうきっと会う事も無い相手。百地に言えば、連絡先位教えてくれるだろうが、訊く事なんて俺には到底出来なかった。だって学は俺と違う世界で生きてる人間だし、俺の事なんてきっともう忘れてるだろう。撮影でたった1回居合わせただけだし、その撮影からはもう1ヶ月以上経っているのだ。特別印象に残っているはずもない。
 それでも俺は、忘れる事なんて出来なかった。俺にとっては特別、だったという事に気付かされる。本当だったら出会う事すら無かった人間。同じ人間とは思えない程の美形で、ふてぶてしいまでに俺をからかって、翻弄して…。こんなに色んな意味で心を乱された人物はいなかったんだ。

 講義の終わった俺は、これからバイトに行くという平山と一緒に大学の正門に向かっていた。
「次の語学、俺当たるよな〜。透真、頼むよ、助けて。」
「んなもん、自分でやれ。俺に言うより百地に言えよ。アイツ、頭いいんだろ?」
「由里ちゃんはレベル違い過ぎて、俺バカにされるし。」
「彼女だろうが。バカにされるって、お前…。」
「だって、由里ちゃんだよ?」
「………だな。」
「だろ。」
そんなたわいも無いやり取り。いつもの事だ。そう、俺の日常は変化なんてしない。するはずも無い…。

 正門に向かう間にすれ違った女の子達がやたらと盛り上がっている。まるで芸能人でも見つけたみたいにハイテンションでキャーキャー言っている。
「あ〜ん、ちょーいい男!誰か待ってるみたいだったけど。」
「背高いし、脚長いし、オーラ凄いし!」
「あんなかっこいい彼氏いたら自慢しまくっちゃうよね、絶対!!」
口々に噂をする女の子達を横目に見ながら、俺等の歩調は変わらない。

「……あんな風に言われる男って、きっと嫌味なヤツだよな。」
平山が漏らした言葉に思わず吹き出してしまう。
「ひがみだろ、それ。見た目が良かろうが、悪かろうが、ようは中身の問題じゃね?」
思い浮かんだ顔は紛れも無くアイツ。俺も同じように思ってから。学に会う前までは…。
「まあそれもそっか。透真だって、見た目で言えば上クラスだもんな。」
「そりゃどーも。お世辞言っても何も出ねえぞ。」
拳で軽く平山の肩を突く。肩を押さえて大げさなリアクションをする平山に笑って返してから、視線を前へと戻した。


 目に入ったのは真っ赤なフェラーリ。そのボディに背中を預けて煙草をふかす背の高い男。サングラスをしていても分かる整った顔。
 多分、いや絶対………。自分でも呆れる程、何度も見返した写真の顔を見間違えるはずが無い。
 足が止まる。
「どうした?」
と不審そうに平山がこっちを伺っていたけど、俺の視界にはあと数メートル先にいる人間に釘付けになっていた。
 向けられた視線に気付いたのか、こちらへと顔を上げた。
 軽く手を上げる。
 俺にだよな?勘違いとかじゃねえよな?と頭の中で自問自答する。たくさんの言葉がいっぺんに浮かんできて、ぎくしゃくとしながらも、引き寄せられるようにそちらへと足が向いてしまう。

 「久し振り。」
そう言って微笑む顔はあの時と同じだ。薄い色のサングラスの中に見える、細められた目。
「おい、透真?お前の知り合い?……あ、あの雑誌で一緒に出てた人、だよな?」
固まってしまった俺の隣で、平山が小声で問い掛けてきて何とか少しだけ正気を取り戻す。
「あ、ああ、そう、その人…。」
何とか答えたものの、何故か片言になってしまった。何でここにいるのか、何しに来たのか、こいつにききたい事はたくさんあるのに、どれも口からは出てこない。脳の指令が上手く体に伝わらない感じ。ショートしてんじゃねえか。
「由里ちゃんの従兄弟さんですよね?どうも初めまして。俺、平山って言います。」
屈託の無い笑顔で挨拶をする平山がちょっと憎たらしくなる。こんないい男を前にしてまともに喋れるか、普通…。
「俺、これからバイトなんで行きますね。透真に用事、っすよね?」
じゃあな、なんて軽く言って平山はさっさと正門を出て、駅の方へと歩いていってしまった。取り残された俺は、どうしたらいいのか分からないままで立ち尽くす。
「透真、これからちょっと時間あるか?」
「え…あ、うん……。」
名前を呼ばれてどきっとする。覚えてんだ、俺の名前。



 車に乗せられ、俺は何を喋ったらいいのか分からずにただ黙っていた。
「大学のことは由里ちゃんから聞き出したんだ。」
唐突に話し始めた、隣で運転している男。俺は何でかすげー緊張してて、顔もまともに見られないから前を向いたままで耳を傾けていた。あまり聞かせる事を意識していないのか、独り言のように続けられた。
「ほんとはケイタイとかも訊こうかと思ったんだけど、やめた。会って話したかったから。もっと早く来るつもりだったんだけど、海外ロケの仕事が入っちまって、一昨日帰ってきたばっかりなんだ。」
俺の連絡先、知りたいと思ってくれてたんだ。俺と同じこと考えてたって事…か?俺の事がちょっとでも気になってた、のか。


 赤信号で止まった。ドッドッというスポーツカー特有のエンジン音が体に響く。それと同じリズムを刻む鼓動。
「透真。」
呼びかけられて、はっと顔を上げた。こっちを向いたまま、グラサンをはずす仕草に俺は見惚れてしまった。別にごく普通にしてるだけなんだと思うけど、すげーサマになってる。真っ直ぐ見つめてくる瞳。目の前に顔が迫ってきて…。
 まさか…と思って俺が出来たのは体固まらせて、目をぎゅっと閉じる事だけだった。

「何そんな緊張してんの?」
直ぐ間近で囁かれた。ふと離れていく気配がして、車が動き出した。
 何これ?からかってんの?俺、からかわれてんの?なあ、何か言えよ……。心臓、壊れちまうって………。恥ずかしくて、目を開ける事も出来ないで俯いた。何期待してたんだよ、俺。頭ん中がぐちゃぐちゃで、胸が苦しくてTシャツの胸の辺りをぎゅっと掴む。何か、訳分かんないけど泣きそう、かも…。

 またしばらく走って、どっかで停まって、エンジンが切られた。周りの景色を眺めてる余裕なんて俺には無かった。涙が出てこないようにひたすら耐えるので精一杯だった。
「あんま可愛いから、つい……な。」
悪かったよ、という声と一緒に頭を撫でられた。ビクリと体が揺れてしまった。つい……何なんだよ。からかいたくなった?そんであたふたする俺を見て、バカにすんの…?


「好きになった。」
ナニが?何を…?言われた言葉が頭の中でぐるぐる回る。唇に温かい感触があって直ぐ離れていった。俺は思わず目を開けて、無意識に手を唇へともっていった。目の前にはどアップの色男。
「………なんの冗談、だよ……コレ……。」
何とか声を絞り出した。手が震えてる。
「俺と付き合って下さい。」
口元に当てていた手を掬い取られ、手の甲にキスを落とされた。まるでおとぎ話の中で王子様がお姫様に愛を請う場面のようで。急に改まった口調で真剣な顔して、俺の答えを待つようにじっと見つめてくる。長い睫毛に縁取られた切れ長の瞳。綺麗だと思った、ほんとに。
「……がく…………。」
零れ出た声は目の前のヤツの名前だけで。その小さな音よりも俺の鼓動の音の方が大きく聞こえるんじゃないだろうか。

 あ……笑った…。俺が知ってる顔じゃない。愛しいものを慈しむような、そんな顔してて。
「やっと俺の名前呼んでくれた。」
俺の頬に触れた学の大きな手。あったかい。
「透真、好きだ。お前の事が好きだよ。」
その笑顔よりももっと甘い声と、その手から伝わる熱よりももっと温かいキスを、学は俺にくれた。






やっと書けました。二人の出会い編。砂吐く程甘いですね、自分で書いておいてなんですが。
でもこのカップルはこんなノリなはずなんですよ。男前は男前らしく、いやになる程キザでいて欲しい。私の願望です。
あ、ちなみにこの後はご飯食べてます。初デート兼ご飯タイムです。いきなり家に連れ込むなんてしませんよ。
初エッチはまた後日談になります。それも書きたいですね。
(back ground:『うさぎの青ガラス』様)


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