白椿の君の秘め事 1





 美果様の御屋敷で住み込みの庭師として働く事になったのはつい最近の事。俺の預かり知らぬ所で契約は交わされていたらしく、ある日突然美果様から告げられた。
「今日からここが蒼太の家です。」
あまりに唐突過ぎて、当然戸惑ったけれども、その時には既に家具も全て揃った部屋が用意されていて、しかも普段俺が使っているような日用品や服等も運び込まれていた。美果様直々に俺の両親や兄に会いにいき、話をつけてきたと聞かされた。一体、どのように伝えたのか一抹の不安を覚えたけれど、それよりも喜びが勝ってしまった。

 だって、いつでも美果様のお側に居られるのだから…。


 その日に美果様から渡されたものがあった。夜着にして欲しいと浴衣と帯をあつらえてくれていた。全体は薄墨を刷いたような色調で一見、何も描かれていないようだが、目を凝らすとある花の模様が浮かぶ。薄墨に浮かぶのは、白い椿の花。美果様の意匠によるもので、この世に一枚のものだという。美果様は御母堂様の血を濃く引き継いだようで、そういった仕事をされているという事は後で知った。

 白椿の花言葉は「申し分のない愛らしさ」。美果様がそれを知っていたかどうかは分からないけれど、もしそんな風に俺を思っているとしたら、などと要らない想像をして頬を染めたりもした。しかし、事あるごとに可愛いと言っては俺を抱き締めて、愛していますと囁いて、そうやって俺を困らせるのだ。真っ赤になって、何も言えなくなる俺を揶揄(からか)っているのかも知れないけれど。

 手触りも良いそれは、一般庶民の俺にも上質で良いものだと知れる。咄嗟にこんな高価なものは頂けませんとお断りしたのだけれど、蒼太の為に作らせたものだから、要らないというなら捨てる他無いと、半ば脅迫されるような形で、恐れ多くも頂戴した。美果様は贈る方だというのにとても嬉しそうにされていたのがやけに印象に残った。当然、俺も嬉しそうにしていたに違いない。


 そこで俺はある事を思いついた。それでお返しになるのかどうかは分からないけれど、俺の思う、美果様にぴったりの花を贈ろうと。先ごろ剪定した桃の花も終わりを向かえ、新緑の季節になっていこうとしている今、これから見頃を向かえる花がいい。
 一つ思い当たった花があった。牡丹だ。今から探せば蕾を付けている株を見つける事も出来るだろう。牡丹といえば赤の方が一般的だが、美果様ならば白だと思う。「王の風格」という花言葉を持つに相応しい、幾重にもなる花弁が作る大輪の花の美しさは高貴で見る者を圧倒する。凛とした姿で立つ美果様を髣髴とさせる。牡丹を愛でるその姿は更に美しいに違いない。

 思い立ったが吉日と手当たり次第に牡丹を探し始めた。かなり高価な株なので、自分の給料から差し引いて貰おうと高橋さんに相談を持ちかけると、造園に関しての経費は全て西園寺の家から出るので心配いらないと言われてしまった。しかし俺が個人的に美果様に贈りたいのだと伝えると、高橋さんは嬉しそうに目を細めて、蒼太様がそうおっしゃるなら、と承諾してくれた。

 この事は、美果様には内密に。驚かせたい。

 それを聞いた高橋さんも、では私も黙っておりますから、と秘密を共有してくれると約束してくれた。




 「蒼太。何か私に隠し事をしていませんか?」
「えっ……あ、あの、どうしてですか?」
突然問われた。いつものように美果様と二人でお茶を頂いていた時の事だった。あまりに急な事で、しどろもどろになってしまった。美果様は伺うように俺の顔を覗き込んでいる。優しい微笑みを湛えた顔ではない。至極真剣で、心の奥まで見透かされてしまいそうな、強い瞳を一心に向けてくる。思わず視線を手元の茶碗に移す。
「ほら。そうして私の視線から逃れようとする。」
少し低められた声。ひやりと冷たい汗が背筋を流れる。確かに秘密裏にしている事はある。決して悪い事では無いのだけれど、こうやって真っ直ぐに問われてしまうといけない事をしているような心持ちになる。
「何も…何も隠してなんか、いません。」
やっとの事で否定の言葉を口にした。でも目線は泳いだまま。

 「………そうですか。」
美果様はそれ以上問い詰める事はしてこなかった。しかし、
「まだ浴衣姿を見せてもらっていませんでしたね。今夜、私の部屋へいらっしゃい…。」
俺の方へと顔を寄せ、嘯くように囁かれた。