百花繚乱 〜石蕗の決意、西洋躑躅の夜〜 4




 俺を軽々と抱えたまま階段を上り、自室へと連れて行く。寝台へと歩み寄って俺をそっと横たえ、美果様は俺の胸に顔を埋めるようにして脇へと跪く。

「あの…美果様…?」
それまではどぎまぎとしていた俺だったが、今度の行動には困惑させられてしまう。母親に甘える子供のような仕草をする美果様に。
「……幻滅したでしょう?私がこんなにも不甲斐無い、どうしようも無い人間だと…。」
体への振動と共に緩やかな音が耳へと響く。受けている体温と程好い重みの温かさに惹かれて、思わず美果様の髪を柔らかく撫でる。
「…そんなはずありません。俺……俺は、美果様のこと………。」
言い掛けて、恥ずかしくなってしまった。以前にも言った事のある言葉だが、やはり口に出すのは恥ずかしいものだ。
「蒼太…まだ全てを話し終えてはいないのです。」
少し悲壮な音色で告げられた言葉。
「私は蒼太を愛している、大切にしたいと思っています。だからこそ、触れたい、抱き締めたいと思うのです。本来、それが自然な事なはず。…ですが、それが怖いのです。」
「怖い……?」

 どうしてそう思うのか、俺にはさっぱり検討がつかず、思わず聞き返すように同じ言葉を繰り返した。
「先程話したように私は特別な思いを抱く事無く、他人と身体を重ねてしまっていた。しかし、そういった行為の中で私は自分の心の闇を覗いてしまったのです。おぞましい程の暗い悦びを感じている自分を知ってしまったのです…。」
美果様が一体何を言わんとしているのか、全く俺には分からなかったけれど、それに対する不安は無かった。どんな美果様であろうとも、自分の気持ちに嘘は無いから。今の俺にとっては天使というよりもむしろ、神様と言ってもいい存在、それ程までに心酔している自分がいるのだ。
「痛めつけ、辱め、支配し、屈服させる………そうする事で快楽を見い出す自分がいる…。兇悪な本能があるという事を……。」



 沈黙が流れる。いつの間にやら降り出していたらしい雨の音がやけに耳についた。心の中で美果様の言葉を反芻する。家庭教師だったというあの男との会話で気付いた自分の思いとまるで対になるような美果様の思い。心が震える。被虐なまでに奉仕し尽くしたいと願う自分と、嗜虐なまでに奪い尽くしたいと願う美果様と…。
「……美果様の思うがままに、して欲しいんです……。」
ぎゅっと目を瞑ったままで小さな声で告げた。熱を帯び始めた手で、初めて自分から美果様の手を握った。早鐘を打つ鼓動はとっくに知られているだろう。以前に見た、全てを見透かすような冷たい瞳をも思い出してしまう。そして、自分を慰めた夜の事も。高揚する気持ちと共に身体もどんどん熱くなっていく。
 「…っ……んんっ……。」
いきなり唇を熱いもので塞がれた。あまりに激しい口付けに上手く息継ぎが出来ず、意識が霞掛かっていく。苦しいのだけれど、それさえも快楽に結びついてしまう。美果様から与えられていると感じるだけで、はしたないと思う心に反して、身体は反応してしまう。意識が飛びそうになる直前にやっと口付けから解放された。
 閉じていた瞼をゆっくりと開けると、目の前にいつもと変わらない様子の美果様が目に入った。しかし次の瞬間、心臓を鷲掴みにされたような戦慄が走った。ふっと微笑を浮かべた美果様の瞳は妖しく輝いていた。まるで人心を惑わし、誘惑する悪魔のようで。この人は天使でありながら悪魔のような瞳でこんなにも俺を魅了する。

 「……美果…様…。」
唇を震わせてその名を口にした。妖しげな瞳に見つめられたまま、俺は美果様のゆっくりと動いていく指を止める術を持たなかった。額から髪をかきあげ、頬、首筋を伝ってから、綺麗な指は俺のシャツの釦をはずしていく。その指が胸を探るようにして動き、乳首を抓まれる。
「ぁっ……。」
思わず小さな声が漏れてしまった。すると、耳元へと唇を寄せられる。
「もっといい声で鳴いてごらん。」
そう囁かれた途端、胸から脳天へと突き抜けるような痛みが走った。
「いっ!……っつ…。」
喉を仰け反らせながら痛みに声が上がってしまう。しかしそこから生み出される痛みはじんじんと熱を孕んで快楽を呼び起こす。耳朶にも柔らかく歯を立てられて、種類の違う痛みに翻弄されていく。制御出来ない感情のままに目の前の美果様の身体にしがみ付く。
「痛いのも気持ち良いのですか?」
耳元で低く笑われて、その艶のある声にも、吹きかかる吐息にも身体が震えてしまう。
「…ごめん、なさい……。」
思わず口を付いたのは謝罪の言葉。自分のはしたない性癖を暴かれてしまう事への羞恥を感じたから。
「正直に言ってごらんなさい。こうされるのは気持ち良いのでしょう?」
摘み上げられた乳首に爪を立てられた。その刺激を胸を仰け反らせて受け止める。
「あ、あぁっ…はい………気持ち…いい、です…っ……。」
美果様の言葉に逆らう事なんて出来ずに感情のままに口走る。そんな自分に恥ずかしさは募るけれども、それで更に興奮を煽られているのも確かで…。
「蒼太はいい子ですね。私には何も隠してはいけませんよ…全てを曝け出して、私に教えなさい…。」
美果様はそう言うと、俺のズボンをゆっくりと引き下ろした。

 「ああ……もうこんなに濡らしてしまっているのですね…。」
「……ぁ…。」
指摘された通り、触れられてもいない性器は下穿きを押し上げ、先走りが染みを広げていた。身を捩り、視線から逃げようとするけれども思ったよりも強い力で押え付けられ、動くこともままならない。
「いやらしい子だ……。」
美果様は艶笑を浮かべながら、俺の下肢へと指を伸ばした。爪の先で掠めるようにして、下穿きの上から裏筋をなぞられる。
「あぅっっ…。」
もどかしい刺激に全身がびくびくと震え、美果様の掌へ下肢を押し付けるような格好になってしまう。
「…もっと触って欲しいのですか?こんなにして………。」
今度は下穿きに手を掛けられ、引き下ろされた。ズボンと一緒に足元まで下げられ、引き抜かれた。腿の裏を掴まれたかと思うと、下半身を折り畳むような少し苦しい体勢を取らされる。膝が目の前にあり、しかも自分でも目にした事が無いような秘所を美果様に見られているのだ。恥ずかしさで頭に血が昇り、一気に顔が赤くなっていくのが分かる。
「やっ……恥ずかしい、です…ぅっ…。」
「でも、見られて、恥ずかしくて………感じているのでしょう?」
その通りだった。こんな恥ずかしい姿を晒しているのに、どこかでもっと見て欲しいとさえ思っている自分がいる。濡れそぼった性器からどんどんと先走りが溢れ出し、腹を伝い落ちていく。見られているというだけで、これ程までに快楽が押し寄せて来るなんて、俺自身でも信じられずにいた。それでも美果様に本心を言い当てられた俺の身体は悦びに震えている。
 美果様は命令するような口調で俺に自分で膝を抱えるように告げる。その高圧的な声と態度にさえ、堪らない甘美な誘惑を感じてしまう。そして、その誘惑に俺が逆らえるはずも無かった。
「これからもっと恥ずかしい事、してあげますよ…。」
「…ひぁっっ、あっ…そんなとこ、やめっ……ぅ…汚いですっ。」
いきなり下肢へと顔を近付けたかと思うと、あろう事か、俺の尻を舐め上げたのだ。
「ここで私を受け入れるのですよ。たっぷり濡らして…解してあげますから。……ほら、ちゃんとこちらを見ているのですよ。」
美果様と目線を合わせる様に顔を上げると、自分の勃起したものと日に晒す事のない白い肌と、心の奥まで覗き込むように少し眇めた目でこちらを見つめたままでいる美果様の異様に思える程に紅い舌が目に映った。
「や…ぁあっ……。」
堪らなく恥ずかしい。それなのに俺の身体は自分の意思を裏切って、もっととでも言うように抱えた膝を更に大きく開き、尻を突き出す様にして腰を跳ね上げてしまう。その様子に笑みを深くした美果様は探るようにして指先を秘所へと埋めてきた。
「ぁうっ…。」
今まで感じた事の無い違和感に困惑する。あんな所に、指が入ってくるなんて…。唾液を送り込むように、指と舌で愛撫されている内に、頭の芯がぼうっとなってきた。
「……覚えのいい身体だ。ここを擦られると、感じてしまう?」
内壁のある一箇所を指の腹で押し付けるようにして擦り上げられた。そこから背筋を駆け抜けるようにぞくぞくとした感覚が走った。それは紛れも無く快感だった。
「はぅっ…ぁ……感じ…ます…ぅぁ、んっ……みか、さまぁ…あぁんっっ……。」
制御出来ない悦楽が押し寄せて来て、訳の分からない涙が溢れてくる。膝を抱えていた腕にも力が入らなくなってきた。
「泣き顔も良いですよ…とても素敵です。………もっと、見せてご覧。」
突然に指を引き抜かれたかと思うと、前髪を鷲掴みにされ、自然と顎が上がる。涙に潤んだ目で美果様を見つめる。こんな強引な扱いにも、俺を見下すようにしている冷たく妖しい光を放つ瞳にも、胸が高鳴る。
「心も身体も、私の物になりなさい……蒼太…。」

 これ程までの悦びを感じた事があっただろうか。美果様が俺の全てを求めて、欲してくれている。無意識に俺は美果様の方へと震える手を伸ばした。
「愛していますよ。」
「…ふぁっ…っ、ああぁっっ……あんんっ…。」
差し伸べた手の間に美果様は入り込み、俺を抱き締めてくれた。俺はそのまま確りと抱き付いた瞬間、指とは比べ物にならない大きくて熱い、美果様自身が押し入ってきて悲鳴のような声が口から迸った。強引に捩じ込まれて、痛みも感じているけれども、それよりも美果様に愛されているという充足感を強く感じていた。美果様の物になった実感と共に。
「…っ、ここが良かったのですよね……。」
途中まで挿入された所で、先程指で散々に弄られた内壁に向けて緩く腰を揺すられた。
「ひゃっ、ぅ……あうぅっ…。」
そこを突かれた途端に異物感に強張っていた身体が弛緩した。それを狙いすましたように最奥まで一気に穿たれた。熱い先端を身体の奥底で感じて、そこから疼きがどんどんと広がっていく。その熱に浮かされるように、自ら腰を振り、より深くまで受け入れようと無意識に身体が反応する。

 「…ふふっ、そんなに奥がいいのですか。御尻の奥が、気持ち良い?」
「ぅう…ぁ、ひっ…すご……ふかく、て…おくが、ぁ…お尻の奥がっ……気持ち、いいんですうっ、ぁんっ…。」
そんな俺の様子に笑みを深くして、卑猥な言葉で問い掛けてきた。煽られて、自ら恥ずかしい台詞を口にする。
「私を銜え込んだまま、はしたなく出してごらん。…全部、見ていてあげるから……。」
張り詰めた性器を握られ、乱暴に扱かれる。前も後ろも激しく、強く愛撫されて、身体ががくがくと不規則に震える。
「ふぁっ…美果さまぁ、あっ…もぅ、出ちゃい…ますっ………ひぃ、やあぁああっっ…。」
射精が近い事を読み取ってか、美果様は俺の濡れそぼった性器の先端に親指の爪を立て、最奥を思い切り突き上げてきた。その衝撃に俺は悲鳴に近い喘ぎ声を上げて、美果様の手と自分の腹を白濁で汚した。絶頂を迎えた身体は激しく痙攣し、銜え込んだ美果様の肉を締め上げるように尻も淫らな収縮を繰り返す。二、三度大きく抜き差しをされた後、身体の奥深くで爆ぜた熱い体液と耳元で囁かれた言葉とに感じて、俺は意識を手放した。
「…可愛い、私の蒼太……。」



 薄っすらと目を明けると、日が落ちたばかりの様子の薄暗い部屋で洋燈が温かい光を放っている。寝台へと寝かされたままの俺はぼんやりと意識を覚醒させていく。徐々に先程までの自分の痴態を思い出して堪らない羞恥が押し寄せてきて、頬がかっと熱くなる。その時、かちゃりと音がして扉の向こうから美果様が現れたのだ。慌てて身を起こそうとしたが、全身に経験した事の無い痛みが走ってどうする事も出来なかった。
「まだ休んでいなさい。…無理をさせてしまいましたね。」
美果様は寝台の脇の小さな卓に切子の水差しと杯を乗せた盆を置き、椅子へと腰掛けた。俺の髪を優しく梳き、赤くなっている頬に掌を添える。身じろぎする事も視線も合わせる事も出来ずに、ただただ視線を泳がせて、美果様の瞳から逃れようと試みる。それでも構わずにじっと俺を見つめてくる美果様にどうしようもなく居た堪れなくなり、目線を合わせた。視線が交わると、美果様は唇を重ねてきた。甘い口付けに溶かされて、身体の痛みさえも愛おしいものへと変わる。
 そっと離された唇から紡がれる言葉をぼんやりと聞き取った。
「私はもう、蒼太無しでは生きていかれない…これからもずっと、私の傍に居てくれますね。」
「……はい。美果様…。」
うっとりと呟いて目を閉じた俺の額に柔らかい口付け。心地良い眠気に誘われるままに深い眠りへと落ちていった。  




やっと初Hが書けました。「ながっ!」と自分でツッコミたい長さになってしまいました。
ちなみに石蕗は『困難に傷つけられない』、西洋躑躅(アザレア)は『愛されることを知った喜び』という花言葉があります。 一応、それをイメージしてみたのですが、いかがだったでしょうか?
(back ground:『NEO HIMEISM』様)


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