二人きりの世界で 4




 昨日と同じように夕飯は部屋で取った。くつろげる空間を提供するのがこの旅館のモットーのようで、いわゆる宴会場のようなものは備えられていない。そういう目的の客はこんな高級な宿は選ばないのだろうが。
 料理も昨日とはまた違ったものが出されたけれど、やっぱりどれも美味しかった。
 今日は学を先に風呂に入れる事にする。また途中で乱入されても困るからだ。俺の申し出に学は笑って従った。きっと俺の思っている事なんかお見通しなんだろうけど。
 しばらくして学と入れ替わりで風呂に入る。今日は邪魔されることもないから、一人、風呂に浸かりながら物思いにふける。ここでの昨日の事がよみがえってきて、知らずに頬が熱くなる。いい雰囲気の所で自分が逃げ出してしまったという自覚はある。決して嫌で逃げ出したのではない事を分かってくれているとは思うが、学が俺のそういう所をどう思っているのか気にならないといえば嘘になる。
 今まで俺から仕掛けていい雰囲気に、なんて事は一度もない。いつでも学からで、それを何となく受け入れる。流されているだけと思われても仕方がない。俺だって学が好きだし、そういう行為が嫌な訳ではない。ただ恥ずかしさが先に立ってしまうのだ。前に「もう我慢はしない」と言われたけど、学はいつだって俺の気持ちを優先してくれていると思う。今はまだいいかも知れないが、学が俺に愛想を尽かす事だって有り得るんじゃないか。
 昨日、布団に入ってから考えていた事がまた頭を過る。堂々巡りもいい所で、いつもいつも答えには辿り着けないままで終わってしまうのだけれど…。

 ふと思い付いた事に、誰に知られる訳でもないのに赤面する。
 ざふりと湯船に潜ってその事を頭から追い出そうとするが、一度思い付いてしまった事はそう簡単には無くなってはくれない。
 (んなの、どのタイミングでどんな顔してやればいいんだよ…)
頭の中で自問自答してみるが、いい考えが浮かぶはずもない。勢いよく顔を出して、顔にかかった髪を後ろへ撫で付けながら頭を抱えた。
 これ以上考えても無駄だ。思っただけで本当に出来るかどうかなんて俺には分からない。なるようにしかならないと自分に言い聞かせて湯船を上がった。



 透真が風呂に行っている間に日本酒で晩酌が良いだろうと思い立って部屋に運んでもらった。雪見酒と洒落込むならやはりグラスより盃で、というのが粋ってもんだろう。よりこの風情を楽しむ為に部屋の灯りを落とし、間接照明として備え付けられている行灯を点ける事にした。
 庭に面している障子を開け放つと綺麗な満月が空に浮かんでいた。その月明かりに照らされて、植木に積もった雪がまるで白く発光しているように浮かび上がる。
 庭の景色を楽しみながらちびちびと手酌で酒をあおっていると、風呂から上がって浴衣姿の透真が部屋に戻ってきた。
「お前もどうだ?」
空の盃を軽く持ち上げて声を掛けたら、透真は一瞬戸惑うように目を泳がせてから仏頂面になると、こくりと頷いて俺の隣に腰を下ろした。手渡した杯に酒をなみなみと注いでやる。
「ちょっ、お前注ぎ過ぎだぞ。」
慌てて前屈みになり、恐る恐る酒を口にする姿が何とも可愛らしくて、俺は思わず笑みを零す。寝る前だからとアルコール度数は低いが、香りを楽しめるような吟醸酒をぬる燗にしてもらった。ほのかな甘みが広がる、柔らかな口当たりはビール以外の酒をあまり飲まない透真でも飲みやすいだろう。
 自分も一口あおってから尋ねてみる。
「どうだ?旨いか?」
「ん、うまい。」
小さな声で返事をして透真は再び酒を迎えにいくように体を屈めた。少し長めの襟足の髪がさらりと流れ、浴衣の襟から項が覗く。普段、あまり晒されない部分がちらりと見えるというのは何だか秘密めいていて、そそられる。暗がりで見る白い首筋はとても綺麗で、思わず目が離せなくなってしまう。
「…色っぽいな。」
自分の杯を一気に空にして、俺は誘われるように透真の項に唇を寄せる。いきなりの事に驚いたのか、びくりと体を揺らした透真の肩を抱き寄せて、盃をそっと取り上げた。

 もう少し余裕を持てないものかと自分でも呆れてしまうが、どうにも透真に関してだけは俺の理性も大して役に立たない。近くにいれば触れたくなって、触れてしまえば抱き締めたくなる。
 透真は俺の胸元に手をついたが、その手は添えられただけで突き放そうとはしない。ほんのりと赤くなった耳が髪の隙間から見えている。
「透真…。」
愛しさを込めて名前を呼び、再び項にキスを落とす。透真の手が俺の浴衣の襟をきゅっと握りしめたが、見せた動きはそれだけだった。「バカ」「やめろ」なんて言われながらそれを封じ込めるのがいつものパターンなのに。
 二度、三度とゆっくり項を啄ばむと、襟を掴んでいる手に力がこもった。首筋を徐々に上へと辿っていき、透真が弱い耳にもキスをする。やんわりと耳朶を食む。
「…っぁ……。」
透真は小さな声を漏らすと、自分の口を塞ごうというのか俺の肩口に顔を埋めてしまう。憎まれ口をたたく時とは全く違う、甘やかな声に煽られる。
 腕の中に大人しくおさまっている透真の手を取り上げ、恭しく指先にキスをする。その手を取ったまま立ち上がらせた。

 手を引いて隣の部屋まで連れて行き、既に敷かれている布団の上に座らせて、自分も一緒に腰を下ろす。俯いている透真を抱き寄せて、そっと頬に手を添えて上を向かせる。素直に従うものの目線は俺を捉えていない。それでも俺がゆっくりと顔を近付けていくと目蓋を震わせながら目を閉じた。
 最初は唇を重ねるだけ。何度かそれを繰り返すと、透真は薄く唇を開いた。誘われるままに舌を差し入れ、歯列を辿る。上顎をなぞってから舌に触れると、透真はおずおずと自分から舌を絡ませてきた。それに応えてより深く唇を合わせる。
 口付けながら浴衣の合わせに手を差し込み、肌蹴させる。露わになった鎖骨を指でなぞり、肩先を手の平で愛撫する。
「ふ、んっ…」
舌を強く吸い上げると、鼻にかかったくぐもった声をあげた。下半身がぞくりと疼く。そのまま横たえようと少し体重を掛けるとそれを拒むように胸に手をつかれて、思わず体をひいた。
 まさかここまできておあずけはないだろうと思いながらも、腕の中に閉じ込めるようにそっと抱き寄せ、透真の髪に鼻先を埋めた。
「いやか?」
「………俺が、する…。」


俺の言葉に対する返事じゃない。俺の肩に額を寄せてまるで自分に言い聞かせるように呟いてから、俺の浴衣の裾に手を伸ばす。潜り込んできた手は太腿を掠め、下着の中に差し込まれた。既に兆し始めていた俺のモノに触れて一瞬手を止めたが、俺のカタチを確かめるみたいに掌で包み、ゆっくりと擦り出す。

 透真がこんなに積極的なのは珍しい。というより、初めてだろう。まさかあの程度の酒で酔いが回るとも考えられないし、一体どういう心境の変化なのか。戸惑いながらも止めさせる術はない。当然、俺の下半身は素直に反応して、透真の手に包まれて硬さを増す。
 鼻先をくすぐる透真の柔らかい髪に指を絡ませ、優しく梳くとそれを合図にしたようにゆっくりと屈んでいった。俺の股座に顔を埋める所まで態勢を低くする。勃ち上がった俺のモノの先端に柔らかく湿った唇が押し当てられた。
 さすがにそこまでしてくれるとは思いもよらなかったから、押しとどめようと肩に手を掛けたが透真はそれに構わず俺のモノを口に含んだ。その感触に思わず息を飲む。覆いかぶさるようにしているから透真の顔は見えない。それでも徐々に沈んでいく頭が見え、温かいものに包まれていくのが分かる。
「透真……やべぇって、それ…。」
透真の肩を掴んだ手に力がこもる。吐息と共に言葉を漏らすと、透真の手が俺のモノを緩く扱く。その手と合わせるように頭を上下に動かし始めた。慣れない所作が余計に俺の興奮を煽ってるなんて透真は思いもよらないだろう。気を抜いたら直ぐにイカされてしまいそうで、俺は下腹に力を入れて快感をやり過ごす。

「ん、ぅ……む…っ、ぐ……はっ……げほっ、は……ッ。」
先走りと唾液で滑りがよくなったせいで思ったよりも奥まで咥え込んでしまったのか、透真は急に口を放して噎せてしまった。
「大丈夫か?」
背中を丸めて咳き込んでいる透真を慌てて抱え起こし、背中をさすってやる。
「……ごめ、…上手く、出来な…ぃ……。」
まだ苦しいのか、途切れ途切れにそんな事を訴えてくる透真に愛しさが募る。強く抱き締めて、こめかみに、頬にと何度もキスを落とし、愛しさを伝える。
「イッちまいそうなの、必死で我慢してたんだけど。分かんなかったか?」
俺の身体にしがみ付いてくる仕草が可愛くて堪らない。膝立ちになるように更に引き寄せて、浴衣の裾を捲り上げる。
「でも俺、こっちでイキたい。透真のココでイカせてくれよ…。」
耳に流し込むようにいやらしい台詞を囁いて、背中に回していた手を背筋に沿うようにして下着に差し入れ、まだ固く閉じている後ろの窄まりに中指の腹を押し付ける。
「はッ、…んな事、わざわざ言う、なっ……ぁ………、んん…。」
透真は俺の頭を胸に抱えて身体を強張らせる。俺は手を押し下げて下着を膝まで下ろすと透真を布団に押し倒した。透真の腹の上に膝立ちになって、透真の帯を少し乱暴に解き、自分も襟に手を掛けて諸肌を脱ぐ。額に滲んだ汗を拭いながら、前髪をかき上げた。
「恥ずかしい事も気持ちいい事も全部、してやるから。覚悟しとけ。」
覆いかぶさり、額を突き合わせるようにして宣言する。さっき咳き込んだせいで潤んだ瞳が見開かれ、一瞬にして頬を染めた。俺の視線を逃れるように目を伏せると、
「バカ言ってんじゃねえよ。」
と決まり文句を吐く。俺は笑いながら透真の髪をくしゃくしゃとかき交ぜた。
「あんな事してもらって、その気にならないヤツなんかいるか。今日は寝かしてやんねえ。」