薫る気配 4





 ソファから抱き上げた身体は驚く程軽くて、出来るだけそっとベッドへ下ろした。体重が掛からないように覆い被さる。
「ほんとにいいのか?」
強く抱き締めたら壊れてしまうんじゃないかと思う程、細い身体。確かめずにはいられなかった。薫は俺の言葉に小さく頷く。
「・・・こうしてもらいたかった、って言ったら軽蔑しますか?」
俺の首に腕を回し、耳元で囁かれた言葉。俺はそのまま薫の背中に腕を回し、抱き締めた。そんな訳無いだろ、と今度は俺が薫の耳元に囁いて、そして深い口付けをした。
 ぎこちなくキスに応えてくる薫の服を脱がしていく。露わになる白い肌。くっきりと浮いた鎖骨。俺も自分の服を脱ぎ捨て、唇へのキスを首筋、薄い胸へと下ろしていく。
「お前、細過ぎだ・・・。これ以上痩せるの、禁止。抱き心地が悪くなる。」
「努力します・・・・・・。」
伏し目がちに言った薫をもう一度抱き寄せ、下肢に向かって手を這わしていく。震えながら勃ち上がったモノをそっと握ると小さく声を漏らした。舌を絡め取るようなキスをしながら、扱いてやると薫はあっけなく果てた。

 「・・・ごめんなさい・・・。」
恥ずかしそうに頬を染めながら小さな声で呟く。
「何で謝るんだよ。」
可愛かったと囁いてやると余計に顔を赤くする。そのまま濡れた指を後ろへと持っていった。身体を震わせた薫を慰めるように片手で背中を撫でてやる。身体から力が抜け、俺の背中に腕を回してきた。ゆっくりと指を食い込ませていく。
「・・・痛いか?」
俺の肩口でふるふると首を横に振る。薫の柔らかい前髪が首元をくすぐる。大丈夫、と小さな声が聞こえた。俺はそれを耳にして、傷付けないようにと時間を掛けて解していった。


 「・・・ァ・・・・・はっ・・ン・・・・。」
縋るようにして俺を受け入れる薫。小さく声を上げながら、涙を流す。きっと痛みを感じているんだろう。
「ごめんな・・・。俺、お前の事泣かせてばっかりだ・・・。」
眦(まなじり)に溜まる涙を吸い取るようにキスをする。ぎゅっと瞑られていた目が薄らと開かれ、俺の目線と交わる。
「嬉しい・・から・・・。亮平さんを・・こんな・・に、近くに・・・・・感じられる・・のが・・・。」
上がった息で途切れ途切れに、でも一所懸命に伝えてくる姿が愛おしかった。俺は出来るだけ、精一杯優しく薫を愛した。



 俺はベッドに沈みこむようにぐったりと横たわっている薫の左手を持ち上げる。それに気付いて、俺を不思議そうに見上げてくる。まだ潤んだ瞳で。
「これ、もらってくれるか?」
薬指にそっとリングを嵌めた。俺とお揃いな、と告げるとまた泣き出した。
「お前はほんと泣き虫だな。」
「亮平・・さんがっ・・・泣かす・・・・・んじゃない・・ですか・・・ひっ・・ク・・・。」
しゃくり上げるように泣く薫をあやすように抱き締める。薫は俺の髪を握り締めながら、肩口に顔を埋める。優しく頭を撫でてやる。そうする俺の左手の薬指がルームランプの淡い明かりを反射して、鈍く光った。




 二人で眠りに就いたはずのベッドで目が覚めた時には薫の姿は無かった。先に目が覚めて、恥ずかしくなって帰ってしまったのかとか、その程度にしか考えていなかった。きっと電話をすれば、1コールせずに出てくれるだろうと高を括っていた。
 だがこの日を境に薫からメールもこなくなり、休憩時間を見計らって幾ら電話を掛けても留守電に切り替わるまでコールが虚しく響くだけだった。仕事中は何とかそれでも乗り切った。しかし一人になると駄目だ、薫の事ばかり考えている。俺はこういう状況になって気付いた、携帯以外の薫との連絡手段を持たない自分に。



 あれから日課になった空いた時間を見計らっての電話。10日目の事だった。5コール目の途中で反応があった。俺は捲し立てるように言い募った。
「もしもしっ、どうして今まで電話出てくれなかったんだよ!心配したんだぞっ!!」
しかし、携帯から返ってきた声は薫のものではなかった。