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仮面の下の遊戯 2





 「では、部とクラスごとに台帳を分けて作成するように会計には伝えておきます。」
「そうしておけば、総会資料としてそのまま使えるだろう。」
「そうですね。アンケートも生徒総会に間に合うようにまとめておきます。」
「ああ、頼む。」

 彼は5分程、私より後にやって来た。一定の間隔で聞こえるノック音とそれに見合った落ち着きのある失礼します、という声と共にドアが開いた。
 彼は私の様子等まるで気に留める風も無く、私の手近にあったパイプ椅子に腰を下ろした。徐に鞄から筆記用具を取り出し、机の上に広げる。
「文化祭の反省会、ですよね。」
間近で聞く彼の声。最小限に抑えられた音だ。放課後の喧騒を感じながら秘め事を交わすようにして話し合いが始まった。
 次回の生徒会の集まりで話し合う内容を確認し、議題を整理していく。

 しかし私は知っている。彼が隠し持つ、もう一つの顔。
 メモを取っていた彼は顔を上げると、射抜くような強い光を湛えた瞳で私の顔を見据えた。

 私はそれだけで身体が強張ってしまった…。



 「脱げよ。」
突然、彼の声色が変わった。それまでは従順に教師の言う事を聞く真面目な生徒そのものだったが、正に豹変と言ってよい。彼は私にそう命令すると、今まで座っていたパイプ椅子を離れて、生徒会室に備え付けてある簡易な応接セットのソファに腰を下ろした。
 長い脚を投げ出してだらしなく背凭れに体を預ける姿は、普段の彼からは到底想像が付かないものだ。私しか知らない、彼の姿。
 ふらふらと吸い寄せられるように彼の目の前に歩み出て、自らの手で身に付けている衣服を一枚ずつ脱いでいく。徐々に肌を露わにしていくだけで無く、同時に心も段々と彼に晒していくのだ。鼓動が逸り、身体が熱くなる。
 手が震えてシャツの釦が上手く外せない、そんな私の姿を見て彼は、
「もたもたすんな。」
と、私の膝辺りを軽く蹴り飛ばす。その口許は何とも愉しそうに吊り上がっていた。



 先生は全ての服を脱ぎ終わって、俺の前で俯いている。こういう時は直立の姿勢でいるように以前から躾けてあるから、裸を隠すような事はしない。ただ羞恥に頬を染めているだけだ。
「何だよ。見られてるだけで感じてんのか。」
ソファに座る俺の目の前に晒されている股間のモノは既に勃ち上がっていた。俺の言葉を聞いて、体の両脇で握られている拳にぎゅっと力が篭ったのが分かる。
「しょうがねえか。先生、変態だもんな。」
揶揄する様に笑ってやると、更に性器がいきり立つ。




 先生は言葉で攻められるのが好きだ。そういう俺もこうやって嗜虐心をそそられる。
 俺が初めて自分の性癖を自覚したのは中学の時だった。インターネットでたまたま見つけた、ある映画のダイジェスト映像だった。
 江戸川乱歩の代表作ともいうべき『屋根裏の散歩者』のあるワンシーン。女が縛られ、拘束されているほんの数分の場面だ。倒錯的な作品を手掛ける芸術家の男は、蜘蛛をモチーフに女の半裸を描いているのだ。何枚も何枚も同じモチーフで。異常な情景を描いていたそれは、今までで一番の興奮を呼び起こし、俺は堪らずに自慰に耽った。
 その作品が元で乱歩を知り、色々と小説を読み漁るようになった。『人間椅子』や『芋虫』もいい。椅子になりたいと願う椅子職人の男、傷痍軍人の夫を好きに嬲り、肉欲で支配しようとする妻。異常な状況で繰り広げられる物語に性的興奮を刺激されている、はっきりと自覚するまでにそう時間は掛からなかった。
 自分の内で芽生えた、支配欲と独占欲。

 しかし、それが普通で無い事位、俺はちゃんと分かっていたのだ。だから敢えて表立って口にした事は無い。
 成績も良く、問題も起こさない優等生としてやっている俺を好きだと言って告白してきた女と付き合った事も多々あるが、俺を知らない女達は決まって「何を考えているのか分からない」と言い、去っていくのだ。それは俺が本気になれないからだ。真面目で誠実な男を演じたままで本気に等なれるはずも無い。だから執着しない、束縛もしない、という態度になり、それに不信感を持たれて自然消滅だ。
 そして、俺は気付いた。嗜虐と被虐は表裏一体。ある種、独特の匂いのようなものがある、と。言い寄ってきた女にそれを感じた事は無かった。だからのめり込めない。
 そんな中で見つけた、俺の理想そのもの。初めて姿を見たその時から、俺はその匂いを感じたのだ。
 あいつが欲しい。
 本能が訴えてきた。今までに無かった高揚感が襲ってきた。身震いする程の興奮。今まで外の世界の出来事だったのが突然自分の世界となり、現実味を帯びたのだった。




 俺は投げ出していた右足をもう片方の膝に乗せるようにゆっくりと脚を組んだ。そうしておいて顎で合図をすると、先生は俺の足元に跪いた。先生は、失礼します、と震える小さな声で言い、恭しく俺の右足に手を伸ばした。
 上履きと靴下を脱がせると俺の足の甲に唇を寄せる。次第にキスを落とすだけだったのが足の指に舌を這わせ、しゃぶり出す。
「んっ、んぅ……。」
先生の顔を見下ろしたままで、俺は自分の学生ズボンの前を寛げ、下着を摺り下ろして自分のモノを取り出した。微かに兆し始めていたモノを自分の手で扱いていく。



 彼の所作に気付いて目線だけで確認すると、彼が自らの手で性器を擦り上げていた。彼の手の中ですっかり育ち切った性器は逞しく、私はそれを見て堪らなくなる。
 アレを愛したい…。
 そんな欲望が身体の奥底から沸き起こり、私は彼の右足から顔を上げ、雄々しく勃ち上がる彼の性器に顔を寄せる。
 途端に走った、頬の痛み。
「勝手な事すんな。」
冷たく言い放たれて、頬を叩かれたのだと気付く。
「ぁ……ごめん、なさ…ぃ………。」
謝罪の言葉を口にして項垂れると髪を掴まれ、無理矢理上を向かされた。
「ちゃんとお願いしてみな。そしたらアンタの大好きなコレ、くれてやるよ。」
掴まれた髪を引かれて、苦しさに喘ぎながら私は彼に許しを請う。
「あ、貴方のペニスを…私の口で奉仕、させて下さい。…お願いです、お願いします…。」
多分、必死な目で彼に訴えている私の姿はさぞかし見苦しい事だろう。

「よし、…いいぜ。」
硬質な声と共に無造作に解放され、私は下から彼の顔を伺う。
「有難う御座います……。」
そう一言口にして、彼の逞しい性器を両手で包み込む。先ずはそっと先端に唇を寄せる。何度かキスを落とすと、ぷくりと盛り上がってきた雫を嘗め取っていく。繰り返す内にどんどん溢れて幹を伝い落ちていくのを今度は根元から裏筋を辿る様に舌を這わせる。舌に感じる若い雄が硬さを増していくのが分かると、尚更被虐的な気持ちになる。
「はっ…ほんとに美味そうにしゃぶるよな。」
「…っん、はい…美味しい、です……ぅ、ふっ…。」
思わずうっとりと返事をしたら、彼が笑みを含んだ吐息を漏らしたのが聞こえて、私はより一層丁寧に愛撫を施していく。大きく口を開き、歯を立てない様にしながら彼の分身を頬張って、ゆるゆると頭を動かす。
「男のナニ銜えてこんなおっ勃てて、どうしようもないヤツ。」
「んンむっっ……。」
いきなり彼は私の性器を踏みつけてきて、思わず呻いてしまったが口を離しはしなかった。痛みよりも彼の機嫌を損ねてしまう事の方が怖かったからだ。

 彼は私にとって、絶対の存在。彼に罵倒され、揶揄されながら奉仕し、全てを彼に曝け出していくのだ。
 彼の前では如何なる方法をもってしても、取り繕う事等出来なくなってしまう。そして、それを心から望んでいる私が居る。